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2017.08.10 Thursday

先月のギャラリートークから

 
この間友人たちと話していた事で、
スペイン語には『産む』を表す一つの単語がないという話題について
ここにもすこし記してみようと思います。。


『産む』は、スペイン語で
dar la luz と言います。
直訳すると『光を与える』。
これが『産む』という言葉として一般的に使われています。

かつての経験で、私の妹が出産した時にスペインの友人たちに、
『私の妹が光を与えたの。』と言っても、
なんだかちゃんと通じてるのか不安になったものです。
もちろん勘違いなく、すんなり通じていました。
日本語の『産む』という言葉とはだいぶん異なる感覚です。


『光を与える』=『産む』というスペインの感覚で、私の中ですぐさまつながるのは闘牛です。

そもそも『闘牛』などと誤訳されているのでわかりにくくなっていますけれど、
スペイン語では『corrida de toros』といいます。
直訳で『牛の走り』。
別に誰も戦っておらず、何の試合でもなく、
輝く生命への畏怖と賞賛の儀式が『corroda de toros』です。
闘牛という名称は、
その国の文化の本質を知ろうとしない外国人が思い込みでつけた名称のようです。



先月のアントニオ氏とのコラボ展でのギャラリートークでもこの話題が出ました。
『corrida de toros』
(誤訳による誤解を避ける為にここでは敢えて闘牛という言葉は使わない事にしますね)
これは、人生そのもののを現(うつ)したもの。

闘牛場に出るまでの約4年間、
牛は野生に近い状態でのびのびと暮らします。
闘牛場(plaza de toros /牛の広場)に出る3日前に、
牛は真っ暗な部屋(子宮)に籠もります。

そうして当日が来た時、
真っ暗な長い廊下(産道)を通って、
わけのわからないまま眩しい光のもと、広い空間に放たれるのです。
『Dar la luz』。光を与える。

牛の広場(闘牛場)で、なぜ自分がここにいるのかもわからないまま、
牛は目の前の困難を乗り越えていかなければなりません。
その困難に面と向かうのか、
それとも背を向けて逃げるのか、
生まれ持った、そしてその場で培った資質が問われます。

やがてすべての生き物が必ず迎える死を受け入れます。
『corrida de toros』は人生そのもの。

マタドール(牛に死を与えるもの)と牛が
最期に対面するその瞬間を『真実の瞬間』とcorrida de torosでは言います。
そこにあるのは『愛』としか言いようのないものだと言われています。
実際に私がスペインで見たcorrida de torosはかなり宗教儀式的に感じました。


スペイン語の『産む』という言葉が
『dar la luz/光を与える』という表現で表されている真相が
スペインで古代から連綿と続いている『corrida de toros』の儀式から
ありありと見えてくるように感じられます。



アントニオ氏とお話していると、なんというか。。たいへん深い気付きに出会うことが多々あります。

異文化を知ることが、自国の内なる文化を照らす。
今日の様な話題もまさにその一例のように思えます。




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