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2017.02.27 Monday

玉三郎さんの白拍子

 
少し前の観劇おはなし。

時は昨年末の12月。
大変忙しいさなかだったのですが、
玉三郎さんの出ている公演をどうしても観たくて
歌舞伎座へ行きました。

生で見られるのはこれが最後かもしれない。

このごろの玉三郎さんの舞台出演の情報を知るたびに
なんとなくそう思ってしまいます。
そう思うのには、自他ともに様々な要因がある故なのですが。

「二人椀久」の松の精は玉三郎さんの面目躍如。
そして勘九郎さん、以前と何か変わった?
最初、勘九郎さんとわからなかったくらい。
正直、勘九郎さんを初めて良いと思った。。幻想的な舞。
異界へと引き込まれます。

それから「京鹿子娘五人道成寺」。
このたびの娘道成寺は5人の白拍子。
若い白拍子にはおぼつかないながらにも愛らしさがあり、
中堅の白拍子にはやはり目を引く何か清々しいものを感じ、
そして玉三郎さんの白拍子には何やら凄みを感じ。。

このところ綺麗どころを演じるのがめっきり少なくなった玉三郎さん。
ひさびさの美人役とあって楽しみに(そしてこれが最後かもしれない)と
思いながら観に行ったのですが、
ただ美しいだけではなく、
『あれ?おかしいな。』と思わされたのは、予想外の趣き。

人ではない、何か。
あれ?娘?人?なんかおかしい。。
観ていて自然にそんな風に思う。
そんな風に、人が直感で感じる違和感を呼び起こす玉三郎さんの白拍子。

次々に娘の役を次世代に引き渡して、
藤娘も鷺娘ももう演じないと決めた玉三郎さんが、
この娘道成寺は、いまも見せてくれる、
その意味がはっきりと分かりました。

どこまでも舞台に於いて自分を客観的に見ている厳しい人。

その人が演じるのだから、
ただことではなかった。

昔の玉三郎さんとも違う、
いまだからこその、妖艶で美しい、
しかしそれはすでにこの世のものではないということを、
人の本能を刺激して伝えて来る白拍子を
ありありと見せてくれたのでした。


どこまでも孤独で
どこまでも美しい人。


舞台でなければ伝わってこない
独特の感慨に包まれながらの帰途。
無理を押して観に来てよかった。

テレビもラジオも映画もネットもなくても困らないけれど、
舞台だけはどうしても私には必要だなあと思うのです。
稀な舞台からは、
生命の核にも届く大切な何かを受け取ることができるので。

あくまで稀な舞台からのみですが。






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