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2016.02.07 Sunday

趣味は観劇

  
観に行くお芝居を選ぶ時、
主に演出と役者で私は選ぶ事が多い。
まずは好きな演出家の作品に好きな役者がでていたらチェック。
よほど嫌いな脚本(物語)でなければ劇場へ脚を運ぶ率も高くなる。
ほんとうにこれぞ、と思ったものを劇場へ観に行く醍醐味。

逆に苦手な脚本はと言えば、
有名どころではシェイクスピア。
しかし、ものすごく良い演出と役者で、
この苦手だったはずの脚本のカラーが
がらりとひっくり返されるのもシェイクスピア。
だからこそ、このかたの脚本が演じ続けられているのかもしれないなぁとも思う。

『歌舞伎や大衆演劇と同様、当時、観客をひきつけたのは
役者の存在であり、戯曲の複雑さではなかった。』
(2006年上演「ハゲレット」リーフレット 河合祥一郎氏記載)

そしてどなたの言葉か忘れましたが
『映画は監督のもの。舞台は役者のもの。』。

そう、いちど幕が開いたら監督は中心から消え、
舞台は文字通り役者たち独壇場の世界。
魂が動き、最初から最後までひとすじの舞台人生を生き抜くのは
生々しい役者の魂と肉体そのもの。

三谷幸喜氏曰く
『面白い舞台は、面白い映画の10倍面白いが
つまらない舞台は、つまらない映画の10倍つまらない。』
というのも、舞台が生ものである故の危うさから来ていると思う。
同じ舞台ですら上演日によってもう昨日とは違うものになっている。

そして舞台の上にあらわれたものはあらわれたと同時に流れ消え去る。
かくして残るは、ひとの記憶と魂の中に。
それから、
単に記録として残るもの、つまり例えば戯曲を書いたシェイクスピアの名ばかり。
いま観られる舞台は今しか観られない。

古代ギリシャ時代から舞台の形式が変わらないのは
すでに完成されている表現方法だから。
非常に原始的な表現形態だと思います。舞台は。
でもそれでなくてはならない。どうしても。
なぜなら、
舞台上に人智を越えた何ものかが宿るためには、
ひとの魂と肉体という活きた捧げものが必要だから。

舞台は不思議です。
役者から遠い席で観劇したはずなのに、
強く感動した場面は記憶の中でアップになって残っていたりする。

いまこの時代に生きて、
この舞台を観られて心底良かったなぁという作品が
私のいままでの観劇人生の中にも幾度かありました。
そういった魂をゆさぶる舞台が10年に1度でもあれば満たされる。
だから
またこれぞという期待を込めて劇場へ脚を運ぶ。



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