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2018.07.09 Monday

海の雫

 
海の雫は 香の露 


2018.07.07 Saturday

メモ

 
エントロピー化が加速して
その先には何があるのかな。


そうならぬための大祓。
気づく人が増えますように、
自然も宇宙も力をかしてくれている。





2018.06.15 Friday

メモ

 

獅子の星座に散る火の雨の 

消えてあとない天のがはら 

打つも果てるもひとつのいのち
 
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

(宮沢賢治「原体剣舞連」より)



2018.05.30 Wednesday

メモ


「宮沢賢治の詩や童話のなかで鳥が変化の予告者の役割を果たすことは多い。
そして、それは宮沢賢治のシャーマン的資質と深く関係しているとわたしは考えている。
鳥はあるシャーマン的資質を持つものに方向性と予兆を知らせる。
天と地の狭間を飛行する鳥は、媒介者であり、メッセンジャーであり、次元越境者でもある。
越境することをおのれの本性とする存在。」

(鎌田東二著・宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読 より)


2018.05.29 Tuesday

メモ

 
「それはあなたも同じです。
すべて私に来て、私をかがやかすものは、あなたをもきらめかします。
私に与えられたすべてのほめことばは、そのままあなたに贈られます。
ごらんなさい。まことの瞳でものを見る人は、
人の王のさかえの極みをも、野の百合の一つにくらべようとはしませんでした。
それは、人のさかえをば、人のたくらむように、
しばらくまことのちから、かぎりないいのちからはなしてみたのです。
もしそのひかりの中でならば、
人のおごりからあやしい雲と湧きのぼる、塵の中のただ一抹も、
神の子のほめたもうた、聖なる百合に劣るものではありません」



宮沢賢治「めくらぶどうと虹」より



2018.04.16 Monday

天霊地気


ひさびさに、
喜劇駅前食堂さんのサイトにある日本画家・奥村土牛についてのコラムを再読。
読みふけってしまった。
駅前食堂の番頭さんはライターのお仕事をされていて
さすがプロというだけあって、
文章におとぼけ味を持たせつつもぐいぐい引き込まれてしまいます。

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土牛は折りにふれて大観から絵画論・芸術論の洗礼を受けるが、
あるとき、大観からこういわれ深い感銘を受ける。
いわく、「君、絵というものは、山水を描いても、花鳥を描いても、宇宙が描けなかったら、芸術とは言えないよ。
鳥を描くなら鳥の声も聞こえなくてはならぬ。それが宇宙の生気というものではないか」


「私の仕事も、やっと少しわかりかけてきたかと思ったら、
いつか八十路を越してしまった。
かつて横山大観先生に『天霊地気』という書を頂いた。
私は日頃からこれを座右の銘としているが、最近は一層、この深い意味のことを思うのである。

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喜劇駅前食堂コラムより一部転載させていただきました。

ちなみに、駅前食堂さんから徒歩2〜3分くらいのところに
奥村土牛記念美術館があり、私も訪れたことがありますが、
土牛さんのおごりのない誠実なお人柄が伝わってくるような思いでした。
お勧めです。
八千穂にお越しの際には駅前食堂さんと合わせてぜひ巡ってみてください*



2018.03.29 Thursday

理解

 
ここに記そうとしている「理解」というのは、
明言出来たり、
頭でわかったりすることではなく、
魂の奥底に明確に響き渡ること。
これが真の理解なのだ、と、
ときどき作品を作っていて、特に絵付けをしているときに
そういう「理解」を得ることがある。

あまりに深淵過ぎて
あまりに核心に触れるので
言葉にはできない。

けれど作品に明確に顕すことはできる。

そしてそういうさまに生まれた作品に触れたとき、
直感から正に的確に感じ得た真理をお伝えくださる人が現れる。

ある種の作品は、この界の真理へ繋げる不思議な媒体で、
その「理解」に於いては作り手も鑑賞者も同じ立ち位置にいる。

この「理解」を得るのは命に魂に届くほどに磨かれた清明な直感のみ。




2018.03.22 Thursday

メモ

 
昨日ご紹介した本「エンジェル・イン・マイ・ヘア」を読んでいたら
(この本は著者の自伝で、私の人生に於いても示唆されることが多く綴られています。)
いろいろと心に浮かび、
そして実際には多くの人も同じようなことを体験しているのだろうな、と思ったので
そんなことを今日は少し書いてみようと思いました。

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今思えば、明確な一番最初はスペインに住んで居た時でした。

当時まだスペインに到着したばかりの時から
本当に窯元の工房の職人さんたちにはよくして頂いたのですが、
私はアンダルシア訛りのスペイン語が最初は全く聞き取れず
(日本で少しはスペイン語の勉強をしてはいたものの)、
意思の疎通時に時間がかかってしまう事もしばしばでした。
それでも粘り強く私が理解できるまであれこれとコミュニケーションを工夫しながら
つきあってくれた職人さんたちにはもう感謝しかありません。

工房には日曜日の休日以外、毎日通っていました。
工房の入口にポトスの鉢植えがありました。
ある朝、いつものように工房に来ると、
いつもの場所に置いてあるそのポトスが大変まぶしくピカッと光ったように感じました。
そう感じただけで、
「ポトスが光を出すわけがない」と私はいま目で見たことを頭で否定しました。
けれど心のどこかで、親しげに(と感じました)光ったポトスの印象を
忘れることはありませんでした。

いまではこう思います。
あのとき私はなぜか工房のポトスに心寄せていて、
(やはり親切にしていただいていたとはいえ、
異国に一人で言葉も聞き取れずそこはかとない心細さがあったのかもしれません)、
ふっと何か気持ちが通じた時にポトスが命の輝きを見せてくれたのではないか、と思い直しています。

この時以来、スペインでは様々な不思議な現象を見たり、不思議な偶然を体験することがありましたが、
頭でいつも打ち消していました。実際に起こっていることなのに!
今思えばどんなに頭が固く、心が閉ざされていたことでしょうか。
目に見える世界からの「常識」という洗脳は恐ろしいほどです。

そしてそれは近年まで、やはり閉ざされて固いままでした。
ところがある人物が表れて私に言いました。
『あなたが経験したことは、夢でも幻でもない。』と。
私以外の人物から客観的にそう言われ、
そして思い当たることがあまりに多く、
わたしはようやく、目に見えない世界に属する自分が見てきた事や体験した事、
そして本当はそれによって自分の意識とともに人生が大きく変わったことについて
真剣に考え(ほんとうに食事ができなくなるほど胸がいっぱいになり、そして考えました)
実際にはあったことなのに「なかったこと」にしてきた今までの月日を思いました。
(その人物とはあまりに不思議なご縁で出会えた方で、
私があまりに信じないので『いい加減に信じろ』と根源から遣わされたのかもしれません。
たぶんその人物とはもうお会いすることもないでしょう。
この一言を私に伝えて下さる為に表れたように思えて、これもまた本当に感謝ばかりです。)

やがてようやく私が無視してきた出来事はすべて、
自分がこの世界に生まれた目的、そして役割に通じるとても大切なことであると分かったのでした。
こう気づくことができたのはひたすら体の自然を取り戻すための手助けとなる
気功を学んだこともひとつにあると感じています。

そしてなにより
真の声があまりに小さくて、私の耳があまりに悪かった時でも、
(いまでもまだ時々そういった声を聞く耳は悪くなりますが以前に比べて注意深くはなりました)
それでも知らず知らずのうちにずっと長く
土にまつわる仕事をさせて頂いていた(いる)ことは核心に届く導きでした。
自分の経験や知識、意思に関係なく、
根源に届く無意識や直感が、今までの全てがつながっていることを
目に見えないところからいつもいつも教えてくれていたのだと、
今でははっきりとわかります。

そして始めに書いたように、実際には多くの人も同じようなことを体験しているのだと思います。


2018.03.21 Wednesday

メモ

 
 人々にどうしても分かってもらわなければならないことがあります。
それは、実際に霊的な体験をした人は数えきれないほどいるのですが、
みな口にするのを恐れているということです。
大勢の人々が、天使が助けてくれるのを信じ、
ときにはそれを実感することさえあるのですが、
たいていはみんな自分にこう言い聞かせます。
(自分は天使を見たわけじゃない、たぶん自分の想像だろう)
 天使の存在を認め、「ええ、わたしは神様を信じています」と言えたら、素晴らしいことでしょう。
多くの場合、わたしたちはそうはできません。
多くの場合、わたしたちがそう認めることができるのは、
愛する者を失ったり、重い病気を患ったり、何かに絶望したりしたときだけです。
そのようなときだけ、人は神様のほうを向き、祈りを捧げます。
たいていはみな、神様や天使について認めるのを恐れています。
魂が成長するにつれて、神様や天使、天国からやってくるいかなる霊魂についても、
認めるのを恐れなくてよいと分かるのです。


(Lorna Byrne著 壁谷さくら訳「エンジェル・イン・マイ・ヘア」より)


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『そういう目に見えない世界が分からないというのは、
 世界の半分しか見てないことだ。』
と、大学時代の木彫の先生が言ってたことを思い出しました。


2018.01.31 Wednesday

赤い月

 
150年前の人はきっと驚いたろうなあ。。
いまの人だって驚いてるけど。





かけひいては
やがて
みつる波
くりかえす


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