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2016.10.14 Friday

スペイン備忘録20 たくさんの『またね』

 
たくさんの『久しぶり!』をしたラ・ランブラ到着の時。
やはり帰国の時にはたくさんの『またね!』をしました。



いよいよ明日が帰国という前日。
オリーブ畑に今日の太陽がいつものように沈みます。



街の夏のお祭りフェリアも最後の晩。
花火大会があるというのでみんなで観に行きました。

会場には街の友人知人が勢揃い。
はからずも、にぎにぎしい花火の光と音の中で
またね!またね!と最後の挨拶とはなんともドラマチック!




花火大会の終わるころ、降り出した雨。
この雨は瑞兆。

この夜、今回の滞在期間3週間のうち初めての本格的な雨。
夜半に近くで落雷があったようで、空間をつんざく轟音に目覚める。
夜明けには金属の玉がぶつかり合い響きわたる様な、
カラコロリンというなんとも綺麗な雷鳴を聞きました。

そうして最後の夜が明け、日が昇る頃にはもういつもの陽気にもどっていました。



いつものように朝食の準備をして。。



いつもと違うのはなんだか空気がゆったりとしていること。
今回の滞在中はかなりのハードスケジュールで、
あまりに忙しすぎて今や記憶もぶっとんでいるような感じですが、
最後の日は、おそらく初めての、
ゆっくりと過ごす時間が持てたように思います。

街を散策し、心地よいカフェに入る。

「アンダルシアの庭」という名の公園をあるき、


文房具屋さんのウインドウに蹴ロクロが飾ってあるのはこの街くらいでしょうか。


優しい店主のいるカフェ「サン・ラファエル」もまたね。


それから友人宅におよばれしてお手製のお昼ご飯をごちそうになり。。

そして最後に今回ずっと泊まらせてもらっていたお家へ荷物を取りにもどります。


ここに着いた初日に満開だったねむの木の花はもう散っていて。


この家のおとなりの家は、友人のご両親が夏の間別荘として使われていて、
生ハムの切り方を教わったり、
自家製野菜たっぷりの柔らかトルティージャを作っていただいたり、
美味しいおやつを分けて頂いたり、
そうして
最後の日も、見送りに来てくれました。

車のお迎えが来るまでの間、友人のお父さんは
自分の畑の野菜や果物たちをひとつひとつ丁寧に紹介してくれました。

ぶどう。


みかん。


ハーブたち。


アスパラガス。


かぼちゃは日光に当てないよう包んであります。


あぁ、こんな風に、
ラ・ランブラ最後の日。。。素敵だなあ。

友人のおかあさんがぎゅっと抱きしめながら言いました。
『すぐに帰って来てね。もう10年なんて間をあけちゃだめよ!』と。

うれしい。。
ここは私の故郷なんだと本当にそう思えました。



ラ・ランブラから一番近い都市部コルドバへ友人たちに車で送ってもらい、
そこから新幹線(AVE)に乗ってマドリッドへ。

マドリッドには、ラ・ランブラの友人の1人が今住んでいて、
バカンスでお留守のその友人宅の鍵を預かり、1泊させてもらって、
翌朝の飛行機に乗る事になりました。

マドリッドでの1泊の時に食べなさいと、
友人がフラメンキン(郷土料理)のお弁当を持たせてくれました。

このお弁当の写真が今回のスペイン滞在で最後に撮った写真です。




帰国後しばらくして、
ラ・ランブラの十年来の友人でもあり、
今回の渡航や展示で色々骨を折ってくれた陶芸協会の方から、
メールが送られてきました。

『あなたがラ・ランブラを訪れた事、みんな喜んでいます。
絶対、あなたもここで楽しみ、過ごしていたことだと思います。
あなたとあなたの友人がこの街に来る事になり、
その手伝いができたこと、私はとても幸せに感じています。

さようなら。。そしてまたすぐに。』


私にとっても忘れられないこの夏となりました。
展示をするという目的にむかって
力をくれたみんなの機転、フットワーク、すべて滞りがなく
感動的ですらありました。
ほんとうに沢山の心善い人々を巻き込んで嵐は去ったよう。
嵐の後に輝く太陽。
心にはいつまでも
みんなの力で大きく膨らんだ幸せが残っています。。


今回旅に同行した友人が言います。
『いまでもすぐにビーサン履いて、あの家に帰れるような気がする。』

すぐに
すぐに
Hasta pronto


12年前、日本へ戻ってくる時はAdios(さようなら)だったけれど、
今回は、
Hasta luego(またね)の感じ。

なんだか直ぐにまた行く様な根拠のない感覚は、いまも続いています。





- END -



2016.10.13 Thursday

スペイン備忘録19 うつしよ

 
この世のことを「うつしよ」という。
映し世。
人の居るこの世界は、
人からは到底はかりしれない別の界のできごとを映す鏡の様なもの。



今からもう10年以上前になるラ・ランブラ在住時、
当初の私は今ほどスペイン語が話せた訳ではなかったので
あの当時から今までずっとおつきあい下さっている友人たちは、
!Que paciencia tienen! (なんという辛抱強さをもってることか!)
私が話せるようになるまで
長い事待っていてくれてありがとう。
今回本当に沢山のそして深いお話をすることができました。
本当に嬉しくて感謝です。

(余談になりますが、
paciencia/我慢とか辛抱とか邦訳されるこのスペイン語の語源は
paz/平和 から来ているのだと言う。
平和は我慢や辛抱から呼び起こすというのは何とも含蓄ある気がします。)


私の在住時に市長だったぺぺも、今回pacienciaからpazをもたらしてくれた1人。
在住時はあまり話をしようにも私の語学力のせいや、
ぺぺの市長としての忙しさから、
なかなかまともにお話しする機会がなかった。
なんとなくお話したいんだろうな。。という空気はいつもぺぺから感じていた。
今回の滞在ではぺぺと何度も会い、深い会話ができたことが、
本当に嬉しい出来事の1つとなった。

私の個展に5回も足を運んでくれ、
そして特に日本の俳句に興味があるということで
それをスペイン語に置き換えた場合の思索そして試作をあれこれしていたぺぺ。

そうしてある時、
彼は自作のスペイン語の俳句をはずかしそうに見せてくれました。

スペイン語でのリズムがきちんと五七五の音をとっています。
日本語でも俳句になるよう五七五に訳したいのだけれど、
私はそれほど俳句に造詣が深い訳ではない。
けれどとても素敵な詩(俳句)なので
スペイン語でそのままと、
それからその意味(主旨)をご紹介させてもらいたいと思います。


CON FUEGO,LA ARCILLA
DE SU SILENCIO DESPIERTA
LA FORMA ESCONDIDA

 静かに眠る土
   焔とともに
     目覚めるその姿



RASGANDO EL SILENCIO
LA ALFARERA TIENDE PUENTES
ENTRE EL VACIO Y LA FORMA

 静破り
  陶芸師
   余白と形に橋渡す




ぺぺは言います。
『ミケランジェロは、石の中にダビデを見た。
彼は、石の中にすでにもうそこに居るダビデを
そのまま顕しただけだ、と言っているでしょう。
土の中からあらわす姿形も同じだと思った。』


私もまったく同じ思いでいつも土から何かを顕しています。
私の頭の中には作る前からすでに完成されたイメージがあり、
それをただ私というアンテナ(のようなもの)を通して
この世に送り出しているだけ。
私のものづくりとはそういうものだという気がしてます。

だから、ぺぺのこの詩(俳句)を読んだ時に、
そしてミケランジェロの話をしてくれたぺぺに、
共感し、実感し、感動しました。

この美しい詩、美しい言葉に
ラ・ランブラの土地の神さまが喜んでいるようにも感じられました。


ぺぺ

ほんとうにありがとう。



2016.09.27 Tuesday

スペイン備忘録18 グラナダ〜とうきび畑の中の工房へ

 
グラナダ!


グラナダと言えばなんといってもアルハンブラ宮殿(上写真)ですが、
アルハンブラを横目に、
今回は街の郊外にある版画家ムラカミ・ミカさんの工房へおじゃましました。

ミカさんとは、約15年前にラ・ランブラの現代美術館の企画展で
ご一緒させて頂いて以来のおつきあい。

ミカさんの工房は、
グラナダの郊外にあるさとうきび工場の跡地で、
現代美術のアーティストたちが工場内を区分けして、
それぞれの工房として使用しているとても興味深い集合施設となっています。


ミカさんの主体は銅版画の作品ですが、さまざまな素材による表現もされており、
いずれにしても、原始的民族的そして自然といったものを一貫して
テーマのように扱って来て居られるように感じます。

ここからは語らずとも写真にて
ミカさんが工房で見せて下さった作品の数々の中からご紹介させてもらおうと思います。
(ミカさんの許可を得て撮影・掲載させて頂いてます。無断転用はご遠慮下さいね)







































ミカさんはラ・ランブラでの私の個展「Mitologia japonesa」も見に来て下さって、
お互いに何か根底に流れる目には見えない共通のものを感じていました。
視点と感覚にどこか似たところがある、とでもいいますか。。
これが民族的なものなのでしょうか?・・意識せずとも出てくるもの、面白いです。

また近々お会いできたら嬉しいな、、と思っている作家さん。
なかなか日本では彼女の作品を見る機会がないので、
工房へ訪問させて頂いたというのは、大変貴重な経験でした。

沢山お話してくださり、
そしてグラナダ市内の穴場レストラン等へも連れて行って下さって、
たのしいグラナダ小旅行となりました。

ミカさんありがとう。






2016.09.19 Monday

スペイン備忘録17 スナップショット casi 70 fotos

 













































































































































2016.09.17 Saturday

スペイン備忘録16 Misericordia/ミセリコルディア

 
前回のおぼえがき(スペイン備忘録15)にセマナサンタのことを少し書きましたが、
何とはなくそれに関連して。

この夏のラ・ランブラの街滞在中に思いもよらない事がありました。
25年ぶりにセマナサンタの御神輿行列(プロセッション)がこの夏に出たのです。

私がセマナサンタが大好きだという事をこれまたスペインの友人たちは
良く知ってくれていて、すでに私が日本からこの街に着いた早々、
街中に張られてあるポスターを差して
『ほら、MAJOの好きなセマナサンタの御神輿がでるよ、観に行くよね?!』と。



25年周期の特別な機会に、
通常は春に行われるセマナサンタのプロセッションを
夏にも出すのだという事を、後に元市長のぺぺから伺いました。
そして丁度その25年目に当たるのがまさにこの夏だったのでした。

すでにその時のタイムリーな記事をここおぼえがきにもアップしておりますが、
お手数ですが、もしお読みでないようでしたら
まずはそちらの方からお読み頂いた方がお話の筋道が分かりやすく、
またその時の臨場感がお伝えできるかな、と思います。

*セマナ・サンタ!! その1

*セマナ・サンタ!! その2


今日はその時に撮った写真たちをご紹介できたらと思っています。




偶然出会ったラファとアナに連れられて、
この街の一番の高台にある教会へやってきました。
この夜のミサは屋外で行われて居り、
教会の中には、幾つかの木彫のイマーヘン(像)が納められて居りました。

この教会には、
いわゆる日本でもピエタ(嘆きのマリア)と呼ばれるイマーヘン


それから十字架に掛かる直前のイエスのイマーヘンが納められています。


これらのイマーヘンも
春のセマナサンタにはプロセッションとして御神輿で担ぎ出されます。

イマーヘンを間近でまじまじとみていると、
ラファが、『こっちの部屋もみせてもらおう』と、
教会の方にことわってから、片隅にある小さな小部屋へ通してくれました。
(許可を頂き、写真を撮らせてもらいました。)


ここには、礼拝堂にまつられていたものと同じ場面のイマーヘン、
ピエタ像と、十字架にかかる直前のイエス像が、
ひっそりと置かれていました。
(しかし大きさは礼拝堂のものよりもかなり小さな木彫像でした。)








お話に寄ると、実はこのちいさな2つの場面のイマーへンは
相当に古いもので、もともとはこちらの方がこの教会に安置されており、
後の時代になってから、この像を元に大きなイマーヘンを作ったのだそうです。

小さな教会でしたが、キリストの受難の場面を時系列に描いた古いタブローなど
礼拝堂の壁に一枚一枚大切に掛けられて居り、

この教区の住人とともに歩んで来た親しみと
またその時の長さの重みのようなものを感じました。


教会の外に出ると、ここの教区の家々のバルコニーには、
いつもはセマナサンタの時にだけ掲げられるバンデラ(旗)が
掲げられて居りました。



さてそろそろミサも終わりいよいよプロセッションの開始です。

先陣に十字架を掲げた聖職者たち。


そしていよいよ今宵の主役、ナサレーノの御神輿が担がれます。



このナサレーノのイマーヘンはこの街で最重要とされていて、
まずはかなり有名な彫刻師が彫ったものであるという事、
そしてこの像は『不治の病を治す』等の奇跡を起こすという
伝説を持っているという事から、おびただしい数の信心深い人々が
このナサレーノ、十字架を担ぐキりスト像を敬愛しています。
彼らはプロセッションの間中、何時間もその御神輿の後を一緒に
街中を歩いて回るのです。(セマナサンタの時は約8時間ものあいだ一晩中。)


そもそもセマナサンタのプロセッションというものは、
イエスが十字架に掛かり、復活を遂げるまでの
「パッション/受難」と呼ばれる1週間の物語を、
イマーヘンとプロセッションで、演劇のように演出を交えながら
物語って行くのです。
まさに街中が劇場となるのです。
物語のクライマックスは金曜日。
イエスがついに十字架にかけられる時です。
明け方に、このナサレーノの御神輿がでて、
そして夜、私が好きなコンベント/修道院の磔刑のイエスの御神輿がでます。

(余談ですが、
クライマックスがイエスの復活の日曜日(いわゆるイースター)ではなく
金曜日の磔刑である、というスペイン・カトリックに共感を
私は何故だか持ってしまうのですが。)


昔は文字を読めない国民が多く、
聖書が読めない大衆にイエスの物語を広める為に
このセマナサンタの習慣がはじまったと言われていますが、
たしかにそのとうりなのでしょうけれども、
しかし実際にその場にいると、それだけではないように感じ得ます。

プロセッションが通る道々を事前に香で清める。

四つ辻で御神輿を止めて、イマーヘンに向かい、
「サエタ」という特別な民族的な歌に乗せて心からの言葉をかける。

御神輿の担ぎ手は、特別な大地を引きずる様な足運びでゆっくり歩く。

さらにプロセッションには必ずバンドが追従して、空気を震わせつつ、
これもまたとくべつな足運びを行う。

御神輿の担ぎ手、バンドやプロセッションに関わるすべては
ごく普通の街の人々によって行われています。
陶職人、魚屋さん、スーパーの店員さん、学生、等々。

もともとそこにあったもの、
その土地、大地にもともとから密着しているように感じます。

本質が聖書の中にあり、
セマナサンタはそのとっかかりとしての
文字が読めない大衆に向けてのエンターテイメントでしたら、
こういった事はどんどん形骸化して行きそうな気がします。。
けれど実際には、形骸化どころか、
逆に純化しているように感じられるのです。
(ちなみに、セマナサンタが古い形で根本を失わずに熱く残っているのは、
南スペインの小さな村々です。
セビージャなど大都市のセマナサンタは観光化していて有名ですが、
華やかさが目立ち、本質的なものがすでに失われているように見えます。
たぶん日本の古い祭りに於いても同じ事かもしれませんが。)

プロセッションに関わる動作のひとつひとつ、
小さな浄めの儀式の一つ一つ、
空気の振動の一つ一つが、
カトリックよりももっとずっと古い原初から
繋がっているように感じられてなりません。
そして
その原初的なものが、
この地球から生命を与えられた魂を揺さぶるのだと感じているのです。

それは、聖書には、文字には、書き表せない事。
言葉にしなかったからこそ、
こうして土地の中に、そこに住む人の中に
脈々と生き続けて来ているように感じられて仕方がありません。。



さて、この教区とプロセッションのルートを知りつくしている
ラファとアナに連れられて、
プロセッションを先回りして待つことにしました。
ベストポジションで見る為に。

やって参りました。




目の前で辻回し。(京都の祇園祭とちょっと似ていると思うのです。実際去年
スペインの友人が祇園祭の宵山の頃に行き、『似てる!』と言っていました)




後に続く人々。


最後にバンドが物悲しい音色を奏でながら続きます。



プロセッションの最後尾を見送りながら
バンドの音色がだんだんに遠く消えて行くのを聞いていました。



最後に、本日のタイトル「Misericordia/ミセリコルディア」ですが、
日本語では「(神の)慈悲」と訳されていますが、
カトリックの宗教的な言葉として使われているものです。

今年はカトリックに於いてこのミセリコルディア(慈悲)の特別な年であり、
バチカンでもローマ法王による特別な儀式が行われたようです。

ラ・ランブラでの今回のプロセッションも、
このミセリコルディアの特別な聖なる年であるが為に行われたものでした。
(今日の一番最初の写真のポスターのタイトルにも、そう書かれています)
スペイン全土の街や村で
今年は何かしらのこれに関する儀式が行われている模様です。


「巡礼ののちに巡礼者が辿り着く、この特別な年にだけ開かれる扉を開き、、」
と、ミセリコルディアの特別年の概要がネット上等にも紹介されていますが、
私がきちんと消化していない状態ですので、
生半可で表面的な情報だけをここに書くのもどうなのかと思いますので、
いつか私の中にもしこのカトリックのミセリコルディアについて
納められる時が来たら、またここに自然に書く事もあるかもしれません。



2016.09.14 Wednesday

スペイン備忘録15 コンベント/修道院

 



私が『どうしても行きたい教会がある。今回も行けるかな?』と言ったので、
友人が連れて行ってくれました。

私がその教会をとても好きだということは、この友人は良く知っていたので、
じつはもうすでに教会の中に入れるか管理人さんに聞いてくれていたのでした。
しかし、その答えは『No.』。

『でも、もう一度聞いてみるわ。やってみる価値はある!』と、
まずは管理人さんのお宅に伺ったのでした。

この教会、普段は管理人さんによって扉の開閉をされており、
祈りの時間以外は閉まっています。
『木曜日の午後4時から小さな祈りの会があるからその時に中に入れますよ。』
とこの時、管理人さんは教えくださいました。感謝です。。

教えて頂いた時刻に、
お祈りをしている方の邪魔にならないよう注意をはらいながら
教会の中に入らせて頂けることになりました。

このラ・ランブラの街で何故だか私が一番好きな教会。

聖歌隊に所属していたときは、この教会で歌を歌わせて頂いた事もありました。
とてもとても古い教会なのですが、
今回訪れてみると、外装がきれいに塗り直されていました。


いまでも教会の横の広場(写真の塀の向こう側)は、
「コンベント/修道院」と呼ばれていますが、
ずっと昔はこの場所に修道院が建っていて修道士たちが暮らしていました。
現在では教会部分のみが残されています。


教会の入り口のよこ、向かって右側には
聖母マリア・ロサリアのタイル画。


向かって左側にはヘスス・クルシフィカード(十字架のイエス)のタイル画。


スペインの教会では、このように入り口にタイル画があり、
『ここにはこのイエスやマリアのイマーヘン(像)がおわしますよ』と示されています。
この街のタイル画は、もちろんこの街の絵付け師が描いたものです。
(ついでに言うと、この街の通りの名前の看板もすべてタイルで描かれていて、
これらの多くは私の親方が描いたものです。)

教会の中に入ります。





雲海でしょうか。
海の波間から無数の天使が顏を出しているような不思議な古い天井画。
14世紀のものです。


後方、入口の方を振り返ると聖歌隊の歌う場所、2階がありますが、
老朽化著しく、傾いているのが分かります。もちろんここは立入り禁止です。




このお二人の祈りの為に、この日教会は開けられていました。

おかげさまで私もこうして教会に入れさせて頂く事が出来ました。

マリア・ロサリアのイマーヘン(像)。

14世紀の大変古い木彫像なのですが
毎年修復を重ねているので、まるでたったいま作られたかのような初々しさ。
保存管理の概念が日本とまったく異なるのが分かります。

イマーヘンは、キリスト教最大の祭事「セマナ・サンタ」の時に、
パソ(御神輿)にのせられて町なかを、
まるで反閇(へんばい)のようなコスタレロ(担ぎ手)たちの足取りで練り歩きます。

そしてそのセマナサンタの1週間の最高潮、金曜日の夜のパソで担ぎ出される
十字架のイエスのイマーヘン。


私が初めてセマナ・サンタというものを1週間通して体感したとき、
そしてこの磔刑イエスのイマーヘンがTorreo'n del castilloの前を通過したとき、
(そう、奇遇にも今回個展をさせていただいたTorreo'n del castillo、同じ場所です)
意味不明の感動に包まれ、鳥肌が立った、あの感覚を忘れる事が出来ません。。


あの時の、小さな写真を見つけました。




ラ・ランブラの街中が幽玄につつまれるセマナ・サンタの体験は、
サンティアゴの巡礼道とともに私のそれからの人生に大いなる影響を与えています。
ともに大地につながるものとして。

そしてそのイマーヘンが納められているこのコンベントは、
私にとって何か特別なものになってしまったのかもしれません。



2016.09.12 Monday

スペイン備忘録14 魚屋さん〜ささやかな日本食パーティー

 
むかし在住時によく買っていた街の魚屋さん。


地中海から毎朝直送の新鮮な魚を買う事が出来るので、
家で漬け丼やイカの塩辛なども作ってみたりして楽しんで居りました。

お店のお姉さんは別の人に変わってしまっていましたが、
やはりとっても感じが良くて親切。

この度の展示に際してラ・ランブラの皆さんにお世話になったので
ささやかに日本食パーティーを開かせてもらう事にしました。
メニューはお得意の漬け丼。
招待客は20名。
20名分の漬け丼など作った事がないので、
お姉さんに相談させてもらいつつ。。とにかく大量のイワシを注文しました。

写真を撮らせてもらっていたら、
ちょっとまって、ちゃんと可愛く並べるから!と。笑




余談になりますが、
街を歩いていたら、偶然、在住時にお魚やさんをしていたお姉さんに遭遇!!
『わ〜〜おぼえてるぼえてる〜〜!!!』と感激の再会。
いまは別の仕事をしているのだそう。
『魚屋のお姉さん』といつも呼んでいたのだけれど、
今回初めて彼女の名前がルイサというのだと知りました。笑。



さて
後日注文していた魚を引き取りに。


この日は、初めてウニというものを仕入れてみた、とのこと。
スペインでは、私はカディスという街で1度だけ
ウニが売られているのを見た事がありますが
あまり他の地域では食べないようで、本当に珍しいもののようです。


ウニが好物の私は『わあ!買いたい!』と言ったものの
『いや、なんか変な匂いがするのよ。
ウニが初めてだし、どういうものか良く分からないんだけど。。。』

と、中身を開けてくれました。

う〜ん
これ、悪くなっちゃってるね。

一緒に居たスペインの友人が、
『MAJOの国では良く知られてるから、彼女がそう言うならそうなのだと思うよ。』

さらにやってきたお客さん『それ何?インテリア?家に飾るの?』
魚屋のお姉さん『インテリアとして使うしかないよね〜・・・残念。』

とそんなこんなのやり取り。

ともあれ、注文していたお魚を引き取り、
ささやかな日本食パーティーにむけて、下ごしらえに励んだのでした。

おまけ。

魚屋さんのお子さんたちの絵と写真が壁に貼られていて。
また店内の片隅に、駄菓子が置いてあって、
お買い物しているお母さんを待つ子供たちが好きなものを選んで食べていました。
(『結構美味しいのよ好きなの取って!』とお姉さんに勧められて私まで頂いてしまった)



さて、家に戻って下ごしらえしてみたら、
魚の量が20名分の漬け丼には足りないのではないか、という事に。

友人に相談して、
週末でも開いているというスーパーへ車で連れて行ってもらいました。。
慣れないことをするもんでハラハラです。

スーパー内の魚屋さんにサーモンがあったので無事これをゲット!よかった。
スーパーの魚屋さん『あれ、もしかして、Torreo'n del Castilloで展示してる人?』と。
個展をご覧下さったようで、嬉しい感想まで頂きました。



パーティーでは早めに会場(友人たちグループで所有している別荘)ヘ着き、
とにかく準備と調理。

日本から同行の友人、早く到着したスペインの友人たちに
手伝ってもらいつつ、なんとか調える事が出来ました。




メニューは

・長ネギと鶏の出汁で、セタ(きのこ)のおすまし。
・ナスの炒めもの(醤油味)。
・クリームチーズと生ハムのカナッペ
 (これはおつまみ的にスペインの友人が作ってくれました)
・鳥のもも肉の蒸し煮とキュウリと胡麻の冷製サラダ(スペイン・マヨネーズで和え)
・ワインビネガーで、グリーンサラダとサーモンのカルパッチョ。
・イワシの漬け丼(自家製タレと長ネギで一晩漬け込んだもの)
・デザートは柿のようかん(日本から持参)

以前に日本のお客さまから、
私の器作品でひらがなを記したものがあるのでそのイメージでと頂いた懐紙。
食前にお箸(もしくはフォーク)とともに来場の皆さんに、
懐紙の説明も少しさせて頂きつつお配りしたのですが、
大変好評で、『これは汚したくないから大事に取っておく』と
カバンに仕舞う方も多くおられました。




なんとか無事にパーティーを終え、
台所の流しに4名の友人たちが並んで食器を洗ってくれている姿は壮観で、
『ここには一体何人フレガドール(皿洗い)がいるの?!』
と感嘆するお客さんも。笑。

純然たる日本食ではまったくありませんでしたが、
ふだん自分が好きで食べているものを、と思い作らせてもらいました。
『とっても満足しました。』と言ってもらえたのがうれしかった。
他にも『漬け丼のレシピを教えてほしい』と言われたり、
みなさんに喜んで頂いたご様子、ほっとしました。



2016.09.11 Sunday

スペイン備忘録13 campo カンポ

 
滞在中は街の郊外の一軒家に住んでおりました。
(まさに『住む』という感じでした。)

朝はニワトリの大合唱、つられて犬の大合唱。
街なかよりもよほど賑やかです。
(以前は街なかに住んでいましたが、動物の合唱で起こされる事はなかった。。)



ご近所には、スイカ畑、メロン畑、ブドウ畑の農園、
さらに個人宅でも郊外だけあって
広い庭に様々な野菜や果物を育てているお家も多く、
いつも新鮮な野菜や果物を頂いて居りました。

オリーブの苗を扱う農家さん。


滞在していたお家の裏庭にはイチジクの木がありました。

イチジクは年に2度、収穫が出来るそうで、
収穫の前期はブレバ、後期はイゴと呼称が変わります。
丁度滞在中は、ブレバがそろそろ収穫できるかなといった感じでした。

このお家の洗濯物を干す場所の天井になにかの巣が。

ずっと気になっていたのですが(綺麗につくられていたので
電球のデコレーションかなぁ?とも思っていましたが)
ある日洗濯ものを干していると
するっと俊敏な小鳥がこの巣から飛び出しました。


飛び出したのはこの方です。

(心配そうに近くの電線にとまってこちらを伺っています。)
飛び立ったときはツバメかと思いましたが、こうして写真でみてみると
ぼけている事もあり。。何の鳥かなあ。

家の壁にはカタツムリがたくさん張り付いて夏ごもりしていました。
(過酷な乾期の夏の間、殻の入口に膜を張って季節が移るのを待つのです)


あまり見ない縦型渦巻きのカタツムリがこの家には沢山いました。遺伝?



夕暮れ時になると、友人たちが
『カンポ(郊外の野)に散歩に行こう!』と誘ってくれました。




はっきりいってこれは道を知らないと迷います。


この街の一番はずれにぽつんと建っている「カサ・ソラ」まで歩きました。
casa sola/孤独な家、
『すてきな名前でしょ。』とひとりの友人は言っていましたが、
もうひとりの友人曰く
『”ソラ”って、あの家に住んでる人の名字だよ。
だから「カサ・ソラ」っていうんだよ。』
今まで町外れに1軒だけぽつんとあるこの家の名称にロマンを感じていた友人は
『え!しらなかった、名字なの〜?!』と。笑。


カサ・ソラ。
 
 
さあ暗くなってきました。
街に帰ろ!




*追記 

早速このおぼえがきを読んだ友人から
例の鳥はコシアカツバメだと教えてもらいました。

壷型の巣といい、きっと間違いない。
やはりあの身のこなしはツバメだったか!

情報ありがとうございます*



2016.09.09 Friday

スペイン備忘録12 Mezquita メスキータ

 














 




ラ・ランブラに住んでいた時、何度も訪れた大好きな場所メスキータ。
今回も訪れました。

20年以上前、
初めてスペインをバックパックで周遊した時、一番強く印象に残った場所は、
サクラダファミリアでもなく、アルハンブラ宮殿でもなく
このメスキータでした。

それから後に、メスキータがあるコルドバ県のラ・ランブラに住む事になり、
嬉しくて何度も何度もここに訪れました。


メスキータには漆黒の澄んだ闇と宇宙を感じます。

夕刻時、何処からか響きわたるかすかな歌声。

すべてが鎮まります。



2016.09.08 Thursday

スペイン備忘録11 el Camino カミーノ

  
サンティアゴの巡礼道のことをペレグリーノ(巡礼者)たちは
親しみを込めてカミーノと呼びます。
この道は生きているとも言われていて、
道が生きているなんて、ピンとこない人も多いかもしれませんが、
実際にカミーノを歩いてみると『ああ、こういうことなんだ』と
自ずと感じ取れるのです。

巡礼中、まるで母親のお腹の中に居るような安心感。
そして私はこの道で大地との深いつながりに気づき、
この地球の子であることの根源的な生命の喜びを感じ得ました。

そしてもうサンティアゴの道を歩く事はないだろう、と思っています。
なぜなら
"mi autentico camino/私自身の道" をいま歩いているからです。
そしてそれはカミーノとまったく重なっているからです。
カミーノが連れて行く道を何の疑いも無く、いま歩いています。



しかし今回のスペイン滞在では、
意外なことに、カミーノの方から、
目に見えるような形で、私と友人に会いに来てくれたのでした。
(今回日本から同行している友人もかつてサンティアゴの巡礼をしており、
その縁で知り合ったのでした。)

ラ・ランブラでの展示にてんてこ舞いの毎日でしたが、
この友人はアンダルシア地方(南スペイン)に来たのは初めてで、
私の周りのスペインの友人たちが、
『何も観光せずに日本へ帰るのは、あなたはいいけど、
あなたの友人がかわいそう!』と、
かなり強制的に時間をつくって(笑)
セビージャとグラナダに小旅行に行ったのでした。
(ラ・ランブラはアンダルシアでも立地が良いところにあり、
車さえあれば、コルドバ、セビージャ、グラナダ、マラガなど
アンダルシアの主要観光都市へのアクセスがよいのです。)



セビージャには、やはり去年日本へ遊びに来てくれた友人
ピラールとその家族が住んで居り、快く迎えてくれました。

ラ・ランブラから大都市セビージャにやってくると
『ああ、ヨーロッパだなぁ!』という感じがします。
さすがアンダルシア州の州都です。
そしてラ・ランブラでは縁のなかった、いわゆる観光、
アルカサル(王城)やカテドラル(大聖堂)を見学し、ヒラルダの塔に昇り、
夜にはタブラオへのご招待を受けてフラメンコにも触れることができたのでした。

セビージャでは私が好きな場所があって、
それはローマの遺跡がのこる「イタリカ」です。
イタリカはイベリア半島で最古のローマ時代の遺跡と言われて居り、
大劇場や、温泉、街なみ(パン屋などの商店や貴族の館など)が、
朽ちた姿で残されています。

ピラールの家はこのイタリカの傍にあり、
私がいきたい!というと早速車で連れて行ってくれたのでした。
そうしてイタリカに向かう道すがら、車の窓から
『あっ、サンティアゴのホタテ貝の看板!』と
友人が声を上げました。

サンティアゴ巡礼中、
なんども
なんども
目にしたホタテの看板。

これをあてにして巡礼者たちは
巡礼の目的地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指すのです。
『わあ、まさかこんなところでホタテの看板をみるなんて!』と
私たちは少し興奮気味です。

私たちがかつて歩いた巡礼道は「フランスの道」と呼ばれるもので、
北スペインを東西に繋ぐ道でした。
アンダルシアからは「銀の道」という南北へ繋がるサンティアゴの巡礼道があります。
これはその「銀の道」の道しるべなのでしょう。
魂の深くに大切にしまってあったホタテのシンボルをふいに目の当たりにして、
あっというまにカミーノの世界にひきこまれたような感覚がありました。



次に訪れたグラナダでもカミーノに出会いました。
気にしてる訳でもないのにそこに目が行くのが面白い。

グラナダへは、
ラ・ランブラの友人と、
日本から同行の友人、
そして私の3人で小旅行をしました。

グラナダの町中を観光している途中ですこし道に迷い、
狭い路地へ入り込んだとき、
カミーノの黄色いホタテのフレッチャ(矢印)が目に飛び込んできました。
『あっ。』
やはりこの道は生きてるんだ、と思った瞬間でした。



道に迷わなったら、
この路地に入らなかったら、
フレッチャには出会わなかったでしょう。
セビージャと、そしてグラナダ、この2度目の道との出会いで、
巡礼をしているときの感覚が完全に蘇り、
『カミーノの方から会いに来てくれているのかもしれない。』
そんな風に思えました。

関わりのない人には何の意味もないただの矢印でしょう。
けれど私は、
親しい生命の大地に包まれて、ほんとうに幸せな気持ちになり、
やはりスペインの大地が呼んでくれたからまたここに来れたのだ、と
素直に心に浮かばせて居りました。





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