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2017.09.28 Thursday

スペインから

 


スペインの窯元の方たちとのSNSコミュニティに参加しているのですが、
今回の「真昼の月と青い馬」に出している馬の作品がとても評判が良くて、
やはり馬文化圏ならではの反応かもしれないなあ。。と思っています。

今日は、私がスペインの窯元に住んでいた時の元市長さんから、
この馬の絵皿にとても素敵なご感想までいただきました。。
自分で日本語に訳すのは照れ臭いものがあるのと、
詩のように美しい韻を踏んだような文章でしたので
スペイン語でそのまま掲載させてもらいます。
(このような感性をお持ちの方が市長さんだなんて。なんて素敵な町なんだ*)

”La cerámica es preciosa.
Dominas todos los estilos,
tanto composiciones abstractas,
vanguardistas y muy atrevidas,
como estos estilos, más naturalistas y figurativos..”


スペインのみならずヨーロッパでまず馬といえば王室御用達のアンダルシアンホース。
私がご縁をいただいた窯元のあるアンダルシア地方は、
そのアンダルシアンホースの産地になります。
実際馬を持っておられる方も多いですし、
子供のころからみんな馬に乗れるように練習します。
お祭りのときに馬が登場するのはもちろんのこと、
普段歩いていても馬を目にすることが多い。

そんなお土地柄ですから、
海を隔てた遠い国の方々が、今回の日本のこの企画展の作品に
ご興味もっていただけたのはとても嬉しいこと。

私個人としては、「馬」と言うと、呪術的なものから、日常的なものまで
非常に多くの道を示唆してくれる存在だと感じています。


今回の自由帳ギャラリーでの新作たち、
ぜひお楽しみいただけましたらと思います*



企画展『真昼の月と青い馬』

9月27日(水)ー10月1日(日) 12:30〜19:00(最終日18:00)


参加作家

Ag planet
sin
青の羊
高橋千夏
キンノワ
MAJO

会場/自由帳ギャラリー 東京都杉並区高円寺北2-18-11

※高円寺駅 北口より徒歩4分







どうぞよろしくお願いいたします。
(今日の作品写真はキノコ皿。横から見るとキノコのような形をしていて、
振ると陶鈴の音が鳴ります。もちろん小皿として実用できます。)



2017.06.24 Saturday

芸術家はふつうの人。

 
スペインの陶芸家の友人が、私のことを芸術家だというので、
「私はふつうの人だよ」と答えたら、
「芸術家は、ふつうの人よ。」と返ってきた。

あ、なるほど。

日本ではわりとネガティブな場面で
「芸術家だよね〜」的に、使われることがままあるので、
自分の中でなにか差別用語のように感じてきていました。

芸術家はふつうの人よ、か。

いいことを聞いた。



2017.06.21 Wednesday

制作中




「He sufrido, no importa」Jorge Guillen

Cantar
Ayer Hoy Mañana
También mañana
Será preciso el llanto
De una voz
Resplandor del alba
¿Nueva luz Fantasma?
Gritaremos para que viva la esperanza

*

『ぼくは苦しんだ、たいしたことじゃない』 ホルヘ・ギジェン

唄うこと
昨日 今日 明日
そしてまた明日
必要な嘆きなんだろう
ひと声で
夜明けの強い光
幽霊の新しい光?
希望に生きるため ぼくたち叫ぼう





クリックで拡大します


◆企画展『Antonio D.L. 詩×MAJO 陶』
 6月30日(金)ー7月9日(日)  12:00〜19:00 火曜休

 最終日9日の15時〜16時半は、
 アントニオ氏をゲストに迎えてのギャラリートークあり
 (参加費2500円 タパス、ドリンク付)
※最終日の15時以降はギャラリートーク参加者のみご入場頂けます。
 参加お申込はくるみギャラリーまで。

 くるみギャラリー
 東京都国分寺市本町2-18-16
 TEL.042-312-2963
  メール kurumi@pg7.so-net.ne.jp

6月30日、7月1、5、7日の全日と、
9日の15−16時半「Dia de la charla お話し会」の時間帯に、
在廊しております。

お越しをお待ちしています。


***

 
昨日の太陽が透き通るようにきれいで、羽衣をまとった女神だなあと思った。
都内でも幻日がみられたようですね。

夏至の今日、
太陽は隠れ、風雨のおおはらい。
山に霧がかかって善き雨。

人も今日の太陽のようにこういう時はただ隠れていれば良い。
石造りの文化と異なり、
日本ではいつでも家を捨ててさっと逃げられるような暮らしが、
この国の自然に沿ってて一番良いみたい。

雨と風のつかさどるところは異なるのでしょうか。
強い風に家が揺れる。
耳の奥の鼓膜が揺れる。
何かを語りかけてくるように。

昨晩は九州で大きな地震があり、
そのたびに原発の再稼働は無し、と思わされる。
人の心にまことに知らしめるまでこれは続くのだろう。

動き出している。



2017.05.28 Sunday

ロメリアについて、


早速、聖歌隊のメンバーでもあるスペインの友人が詳しい答えを送ってくれました。



まずイマーヘン(彫像/上写真)は、
サン・イシドロと言う農業をつかさどる聖人で、
重要な農地を祝う儀式がこの日に行われるとの事。

人々は、この聖人のプロセッション(お神輿行列)と一緒に
町なかから農地のある郊外へと巡行するのですが、
この巡行のことを「ロメロ」と呼び、
それが行われる一連の物事(神事)を「ロメリア」というのだそう。

農家の人々の手によりサン・イシドロは
とくに農業が盛んな地方で奉られ祝われている、とのこと。

私がいた窯元の町には、陶芸のみならず
小麦畑があり、
オリーブ畑があり、
ブドウ畑があり、
ひまわり畑があり、
だからこそのロメリアの祝いなのでしょう。

今回詳しく教えてくれた友人に感謝のお返事をさきほど書きました。
特に地元に密着した歴史、文化、美術のことなら彼に聞けばわかる、
という友人がいてくれるのはありがたいことです。

昔は農耕馬。いまはトラクター↓





2017.05.27 Saturday

ロメリア


私が住んでいたスペインの田舎の町では、
春は、息つく暇がないくらいにお祭りが目白押しの季節です。

セマナ・サンタが過ぎて、
サンタ・クルス・デ・マージョも終わって、、
つい先日、ロメリアも終わりました。

今日、友人からロメリアの写真がおくられてきました。
今日の写真はすべてその友人が送ってくれたものです。





ロメリアのこの日は私のいた町では
民族衣装を身にまとって町の郊外の森でみんなで一日過ごすのです。
簡易テントを張って、お弁当持ちよって、
歌って踊って、食べて飲んでおしゃべりして、馬に乗ったり散策したり、
そうしてただただ楽しく一日を過ごします。





このおまつりの起源はなんだろう。
とにかくみんなで森に行って、
日没まで丸一日森で過ごすということが大事なようです。

以前この祭りのことを友人に聞いたことがあるけど、
ただ森で過ごすだけ、それだけさ、というような返事しか返ってこなくて(笑)
今回送られてきた写真をみても、聖人のイマーヘン(彫象)は来ているし、
何か昔の農具?みたいなものはあるし。。
ちょっと調べてみると収穫祭にも巡礼にも関係がありそうなのですが。。
起源を知りたい!

ちょっとスペインの友人にしつこく聞いてみます(笑)





2016.10.14 Friday

スペイン備忘録20 たくさんの『またね』

 
たくさんの『久しぶり!』をしたラ・ランブラ到着の時。
やはり帰国の時にはたくさんの『またね!』をしました。



いよいよ明日が帰国という前日。
オリーブ畑に今日の太陽がいつものように沈みます。



街の夏のお祭りフェリアも最後の晩。
花火大会があるというのでみんなで観に行きました。

会場には街の友人知人が勢揃い。
はからずも、にぎにぎしい花火の光と音の中で
またね!またね!と最後の挨拶とはなんともドラマチック!




花火大会の終わるころ、降り出した雨。
この雨は瑞兆。

この夜、今回の滞在期間3週間のうち初めての本格的な雨。
夜半に近くで落雷があったようで、空間をつんざく轟音に目覚める。
夜明けには金属の玉がぶつかり合い響きわたる様な、
カラコロリンというなんとも綺麗な雷鳴を聞きました。

そうして最後の夜が明け、日が昇る頃にはもういつもの陽気にもどっていました。



いつものように朝食の準備をして。。



いつもと違うのはなんだか空気がゆったりとしていること。
今回の滞在中はかなりのハードスケジュールで、
あまりに忙しすぎて今や記憶もぶっとんでいるような感じですが、
最後の日は、おそらく初めての、
ゆっくりと過ごす時間が持てたように思います。

街を散策し、心地よいカフェに入る。

「アンダルシアの庭」という名の公園をあるき、


文房具屋さんのウインドウに蹴ロクロが飾ってあるのはこの街くらいでしょうか。


優しい店主のいるカフェ「サン・ラファエル」もまたね。


それから友人宅におよばれしてお手製のお昼ご飯をごちそうになり。。

そして最後に今回ずっと泊まらせてもらっていたお家へ荷物を取りにもどります。


ここに着いた初日に満開だったねむの木の花はもう散っていて。


この家のおとなりの家は、友人のご両親が夏の間別荘として使われていて、
生ハムの切り方を教わったり、
自家製野菜たっぷりの柔らかトルティージャを作っていただいたり、
美味しいおやつを分けて頂いたり、
そうして
最後の日も、見送りに来てくれました。

車のお迎えが来るまでの間、友人のお父さんは
自分の畑の野菜や果物たちをひとつひとつ丁寧に紹介してくれました。

ぶどう。


みかん。


ハーブたち。


アスパラガス。


かぼちゃは日光に当てないよう包んであります。


あぁ、こんな風に、
ラ・ランブラ最後の日。。。素敵だなあ。

友人のおかあさんがぎゅっと抱きしめながら言いました。
『すぐに帰って来てね。もう10年なんて間をあけちゃだめよ!』と。

うれしい。。
ここは私の故郷なんだと本当にそう思えました。



ラ・ランブラから一番近い都市部コルドバへ友人たちに車で送ってもらい、
そこから新幹線(AVE)に乗ってマドリッドへ。

マドリッドには、ラ・ランブラの友人の1人が今住んでいて、
バカンスでお留守のその友人宅の鍵を預かり、1泊させてもらって、
翌朝の飛行機に乗る事になりました。

マドリッドでの1泊の時に食べなさいと、
友人がフラメンキン(郷土料理)のお弁当を持たせてくれました。

このお弁当の写真が今回のスペイン滞在で最後に撮った写真です。




帰国後しばらくして、
ラ・ランブラの十年来の友人でもあり、
今回の渡航や展示で色々骨を折ってくれた陶芸協会の方から、
メールが送られてきました。

『あなたがラ・ランブラを訪れた事、みんな喜んでいます。
絶対、あなたもここで楽しみ、過ごしていたことだと思います。
あなたとあなたの友人がこの街に来る事になり、
その手伝いができたこと、私はとても幸せに感じています。

さようなら。。そしてまたすぐに。』


私にとっても忘れられないこの夏となりました。
展示をするという目的にむかって
力をくれたみんなの機転、フットワーク、すべて滞りがなく
感動的ですらありました。
ほんとうに沢山の心善い人々を巻き込んで嵐は去ったよう。
嵐の後に輝く太陽。
心にはいつまでも
みんなの力で大きく膨らんだ幸せが残っています。。


今回旅に同行した友人が言います。
『いまでもすぐにビーサン履いて、あの家に帰れるような気がする。』

すぐに
すぐに
Hasta pronto


12年前、日本へ戻ってくる時はAdios(さようなら)だったけれど、
今回は、
Hasta luego(またね)の感じ。

なんだか直ぐにまた行く様な根拠のない感覚は、いまも続いています。





- END -



2016.10.13 Thursday

スペイン備忘録19 うつしよ

 
この世のことを「うつしよ」という。
映し世。
人の居るこの世界は、
人からは到底はかりしれない別の界のできごとを映す鏡の様なもの。



今からもう10年以上前になるラ・ランブラ在住時、
当初の私は今ほどスペイン語が話せた訳ではなかったので
あの当時から今までずっとおつきあい下さっている友人たちは、
!Que paciencia tienen! (なんという辛抱強さをもってることか!)
私が話せるようになるまで
長い事待っていてくれてありがとう。
今回本当に沢山のそして深いお話をすることができました。
本当に嬉しくて感謝です。

(余談になりますが、
paciencia/我慢とか辛抱とか邦訳されるこのスペイン語の語源は
paz/平和 から来ているのだと言う。
平和は我慢や辛抱から呼び起こすというのは何とも含蓄ある気がします。)


私の在住時に市長だったぺぺも、今回pacienciaからpazをもたらしてくれた1人。
在住時はあまり話をしようにも私の語学力のせいや、
ぺぺの市長としての忙しさから、
なかなかまともにお話しする機会がなかった。
なんとなくお話したいんだろうな。。という空気はいつもぺぺから感じていた。
今回の滞在ではぺぺと何度も会い、深い会話ができたことが、
本当に嬉しい出来事の1つとなった。

私の個展に5回も足を運んでくれ、
そして特に日本の俳句に興味があるということで
それをスペイン語に置き換えた場合の思索そして試作をあれこれしていたぺぺ。

そうしてある時、
彼は自作のスペイン語の俳句をはずかしそうに見せてくれました。

スペイン語でのリズムがきちんと五七五の音をとっています。
日本語でも俳句になるよう五七五に訳したいのだけれど、
私はそれほど俳句に造詣が深い訳ではない。
けれどとても素敵な詩(俳句)なので
スペイン語でそのままと、
それからその意味(主旨)をご紹介させてもらいたいと思います。


CON FUEGO,LA ARCILLA
DE SU SILENCIO DESPIERTA
LA FORMA ESCONDIDA

 静かに眠る土
   焔とともに
     目覚めるその姿



RASGANDO EL SILENCIO
LA ALFARERA TIENDE PUENTES
ENTRE EL VACIO Y LA FORMA

 静破り
  陶芸師
   余白と形に橋渡す




ぺぺは言います。
『ミケランジェロは、石の中にダビデを見た。
彼は、石の中にすでにもうそこに居るダビデを
そのまま顕しただけだ、と言っているでしょう。
土の中からあらわす姿形も同じだと思った。』


私もまったく同じ思いでいつも土から何かを顕しています。
私の頭の中には作る前からすでに完成されたイメージがあり、
それをただ私というアンテナ(のようなもの)を通して
この世に送り出しているだけ。
私のものづくりとはそういうものだという気がしてます。

だから、ぺぺのこの詩(俳句)を読んだ時に、
そしてミケランジェロの話をしてくれたぺぺに、
共感し、実感し、感動しました。

この美しい詩、美しい言葉に
ラ・ランブラの土地の神さまが喜んでいるようにも感じられました。


ぺぺ

ほんとうにありがとう。



2016.09.27 Tuesday

スペイン備忘録18 グラナダ〜とうきび畑の中の工房へ

 
グラナダ!


グラナダと言えばなんといってもアルハンブラ宮殿(上写真)ですが、
アルハンブラを横目に、
今回は街の郊外にある版画家ムラカミ・ミカさんの工房へおじゃましました。

ミカさんとは、約15年前にラ・ランブラの現代美術館の企画展で
ご一緒させて頂いて以来のおつきあい。

ミカさんの工房は、
グラナダの郊外にあるさとうきび工場の跡地で、
現代美術のアーティストたちが工場内を区分けして、
それぞれの工房として使用しているとても興味深い集合施設となっています。


ミカさんの主体は銅版画の作品ですが、さまざまな素材による表現もされており、
いずれにしても、原始的民族的そして自然といったものを一貫して
テーマのように扱って来て居られるように感じます。

ここからは語らずとも写真にて
ミカさんが工房で見せて下さった作品の数々の中からご紹介させてもらおうと思います。
(ミカさんの許可を得て撮影・掲載させて頂いてます。無断転用はご遠慮下さいね)







































ミカさんはラ・ランブラでの私の個展「Mitologia japonesa」も見に来て下さって、
お互いに何か根底に流れる目には見えない共通のものを感じていました。
視点と感覚にどこか似たところがある、とでもいいますか。。
これが民族的なものなのでしょうか?・・意識せずとも出てくるもの、面白いです。

また近々お会いできたら嬉しいな、、と思っている作家さん。
なかなか日本では彼女の作品を見る機会がないので、
工房へ訪問させて頂いたというのは、大変貴重な経験でした。

沢山お話してくださり、
そしてグラナダ市内の穴場レストラン等へも連れて行って下さって、
たのしいグラナダ小旅行となりました。

ミカさんありがとう。






2016.09.19 Monday

スペイン備忘録17 スナップショット casi 70 fotos

 













































































































































2016.09.17 Saturday

スペイン備忘録16 Misericordia/ミセリコルディア

 
前回のおぼえがき(スペイン備忘録15)にセマナサンタのことを少し書きましたが、
何とはなくそれに関連して。

この夏のラ・ランブラの街滞在中に思いもよらない事がありました。
25年ぶりにセマナサンタの御神輿行列(プロセッション)がこの夏に出たのです。

私がセマナサンタが大好きだという事をこれまたスペインの友人たちは
良く知ってくれていて、すでに私が日本からこの街に着いた早々、
街中に張られてあるポスターを差して
『ほら、MAJOの好きなセマナサンタの御神輿がでるよ、観に行くよね?!』と。



25年周期の特別な機会に、
通常は春に行われるセマナサンタのプロセッションを
夏にも出すのだという事を、後に元市長のぺぺから伺いました。
そして丁度その25年目に当たるのがまさにこの夏だったのでした。

すでにその時のタイムリーな記事をここおぼえがきにもアップしておりますが、
お手数ですが、もしお読みでないようでしたら
まずはそちらの方からお読み頂いた方がお話の筋道が分かりやすく、
またその時の臨場感がお伝えできるかな、と思います。

*セマナ・サンタ!! その1

*セマナ・サンタ!! その2


今日はその時に撮った写真たちをご紹介できたらと思っています。




偶然出会ったラファとアナに連れられて、
この街の一番の高台にある教会へやってきました。
この夜のミサは屋外で行われて居り、
教会の中には、幾つかの木彫のイマーヘン(像)が納められて居りました。

この教会には、
いわゆる日本でもピエタ(嘆きのマリア)と呼ばれるイマーヘン


それから十字架に掛かる直前のイエスのイマーヘンが納められています。


これらのイマーヘンも
春のセマナサンタにはプロセッションとして御神輿で担ぎ出されます。

イマーヘンを間近でまじまじとみていると、
ラファが、『こっちの部屋もみせてもらおう』と、
教会の方にことわってから、片隅にある小さな小部屋へ通してくれました。
(許可を頂き、写真を撮らせてもらいました。)


ここには、礼拝堂にまつられていたものと同じ場面のイマーヘン、
ピエタ像と、十字架にかかる直前のイエス像が、
ひっそりと置かれていました。
(しかし大きさは礼拝堂のものよりもかなり小さな木彫像でした。)








お話に寄ると、実はこのちいさな2つの場面のイマーへンは
相当に古いもので、もともとはこちらの方がこの教会に安置されており、
後の時代になってから、この像を元に大きなイマーヘンを作ったのだそうです。

小さな教会でしたが、キリストの受難の場面を時系列に描いた古いタブローなど
礼拝堂の壁に一枚一枚大切に掛けられて居り、

この教区の住人とともに歩んで来た親しみと
またその時の長さの重みのようなものを感じました。


教会の外に出ると、ここの教区の家々のバルコニーには、
いつもはセマナサンタの時にだけ掲げられるバンデラ(旗)が
掲げられて居りました。



さてそろそろミサも終わりいよいよプロセッションの開始です。

先陣に十字架を掲げた聖職者たち。


そしていよいよ今宵の主役、ナサレーノの御神輿が担がれます。



このナサレーノのイマーヘンはこの街で最重要とされていて、
まずはかなり有名な彫刻師が彫ったものであるという事、
そしてこの像は『不治の病を治す』等の奇跡を起こすという
伝説を持っているという事から、おびただしい数の信心深い人々が
このナサレーノ、十字架を担ぐキりスト像を敬愛しています。
彼らはプロセッションの間中、何時間もその御神輿の後を一緒に
街中を歩いて回るのです。(セマナサンタの時は約8時間ものあいだ一晩中。)


そもそもセマナサンタのプロセッションというものは、
イエスが十字架に掛かり、復活を遂げるまでの
「パッション/受難」と呼ばれる1週間の物語を、
イマーヘンとプロセッションで、演劇のように演出を交えながら
物語って行くのです。
まさに街中が劇場となるのです。
物語のクライマックスは金曜日。
イエスがついに十字架にかけられる時です。
明け方に、このナサレーノの御神輿がでて、
そして夜、私が好きなコンベント/修道院の磔刑のイエスの御神輿がでます。

(余談ですが、
クライマックスがイエスの復活の日曜日(いわゆるイースター)ではなく
金曜日の磔刑である、というスペイン・カトリックに共感を
私は何故だか持ってしまうのですが。)


昔は文字を読めない国民が多く、
聖書が読めない大衆にイエスの物語を広める為に
このセマナサンタの習慣がはじまったと言われていますが、
たしかにそのとうりなのでしょうけれども、
しかし実際にその場にいると、それだけではないように感じ得ます。

プロセッションが通る道々を事前に香で清める。

四つ辻で御神輿を止めて、イマーヘンに向かい、
「サエタ」という特別な民族的な歌に乗せて心からの言葉をかける。

御神輿の担ぎ手は、特別な大地を引きずる様な足運びでゆっくり歩く。

さらにプロセッションには必ずバンドが追従して、空気を震わせつつ、
これもまたとくべつな足運びを行う。

御神輿の担ぎ手、バンドやプロセッションに関わるすべては
ごく普通の街の人々によって行われています。
陶職人、魚屋さん、スーパーの店員さん、学生、等々。

もともとそこにあったもの、
その土地、大地にもともとから密着しているように感じます。

本質が聖書の中にあり、
セマナサンタはそのとっかかりとしての
文字が読めない大衆に向けてのエンターテイメントでしたら、
こういった事はどんどん形骸化して行きそうな気がします。。
けれど実際には、形骸化どころか、
逆に純化しているように感じられるのです。
(ちなみに、セマナサンタが古い形で根本を失わずに熱く残っているのは、
南スペインの小さな村々です。
セビージャなど大都市のセマナサンタは観光化していて有名ですが、
華やかさが目立ち、本質的なものがすでに失われているように見えます。
たぶん日本の古い祭りに於いても同じ事かもしれませんが。)

プロセッションに関わる動作のひとつひとつ、
小さな浄めの儀式の一つ一つ、
空気の振動の一つ一つが、
カトリックよりももっとずっと古い原初から
繋がっているように感じられてなりません。
そして
その原初的なものが、
この地球から生命を与えられた魂を揺さぶるのだと感じているのです。

それは、聖書には、文字には、書き表せない事。
言葉にしなかったからこそ、
こうして土地の中に、そこに住む人の中に
脈々と生き続けて来ているように感じられて仕方がありません。。



さて、この教区とプロセッションのルートを知りつくしている
ラファとアナに連れられて、
プロセッションを先回りして待つことにしました。
ベストポジションで見る為に。

やって参りました。




目の前で辻回し。(京都の祇園祭とちょっと似ていると思うのです。実際去年
スペインの友人が祇園祭の宵山の頃に行き、『似てる!』と言っていました)




後に続く人々。


最後にバンドが物悲しい音色を奏でながら続きます。



プロセッションの最後尾を見送りながら
バンドの音色がだんだんに遠く消えて行くのを聞いていました。



最後に、本日のタイトル「Misericordia/ミセリコルディア」ですが、
日本語では「(神の)慈悲」と訳されていますが、
カトリックの宗教的な言葉として使われているものです。

今年はカトリックに於いてこのミセリコルディア(慈悲)の特別な年であり、
バチカンでもローマ法王による特別な儀式が行われたようです。

ラ・ランブラでの今回のプロセッションも、
このミセリコルディアの特別な聖なる年であるが為に行われたものでした。
(今日の一番最初の写真のポスターのタイトルにも、そう書かれています)
スペイン全土の街や村で
今年は何かしらのこれに関する儀式が行われている模様です。


「巡礼ののちに巡礼者が辿り着く、この特別な年にだけ開かれる扉を開き、、」
と、ミセリコルディアの特別年の概要がネット上等にも紹介されていますが、
私がきちんと消化していない状態ですので、
生半可で表面的な情報だけをここに書くのもどうなのかと思いますので、
いつか私の中にもしこのカトリックのミセリコルディアについて
納められる時が来たら、またここに自然に書く事もあるかもしれません。



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