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2018.07.15 Sunday

すべては自然の中で連動し繋がっている日常のなかの永遠に続く根本。

ふとんをほしているので、
屋根のほうからおひさまの良い香りが香って来る。

どんな高価なお香もかなわない、しあわせの香り。

*

野菜では瓜ファミリ−が大好物なのだけれど
その季節にとれる野菜や果物は、
その季節を、もしくはその次の季節を迎え、
のり越える身体の準備のために自然が用意してくれた食の宝。

自然はとてもゆっくりでとても力強く、そして決して間違いなく導いてくれる。

『体は食べ物でできているのだから、薬で治るわけがない。』
どなたの言だったか忘れてしまったけれど、
先月の体調不良の中で思い出しては、つくづく芯からうなずける言葉だった。

先月ひとつきも寝込んでしまった長引いた体調不良が、いまは嘘のように、
こうしておだやかな体の状態で居られることが
そして自然に沿う事で治せたことが、とてもうれしい。
そのことを深く理解して本当に力のあるお野菜をくださった全てに感謝しています。

『どんな病気でもみんな同じです。』
とは気功を学んでいた京都の学校の授業の中での先生の言葉。
実感をともなって納得。

現代医療を否定していわゆる代替医療的なことをしていても
対処療法的に依存心でもって行って居たら、現代医療となんら変わらない。
病気になったから、まるで薬を飲むように、医者にかかるように、
対処的に突然気功を始めても何の意味もない。
気功の先生は医者ではないし、気功は薬ではない。
すべては自然の中で連動し繋がっている日常のなかの永遠に続く根本。

*

オーガニックの野菜などやはり高いと思って居たが、
じっさい昨日、農協の直売所をのぞいてみたら、
昨日はむしろオーガニックのスーパーで売っている野菜の方がすこし安くて、
やはり農協が関わると時節の状況によって何か調整が入るからなのかな、と思いつつ、
いや、値段が安いからというのではなく、
目を向けるのはそこではなく、
食について根本的に見直す時期に来ていると思いかえす。

久しぶりにいままでよく買っていた大型スーパーに行ってみると、
野菜がまるで商品のように並んでいて、
買うがわも商品を選ぶようにして買っている。
いままでそれが当たり前だと思って居た。
けれど当たり前じゃなかった。
商品棚に並んでいる野菜はすべて命なのに。
そして、命なのだと思ってみてみると、
野菜も買う人も、
みんななんと無表情で力のない顔をしていることか。
ここでは「大地」が、「陽光」が、致命的に欠けている。

命をいただくことの大切さを改めて思い知った。


2018.06.12 Tuesday

病床より



一日はとても長かったんだなあと思ったり

太陽の位置でかなり正確に時間が分かるようになったり。

ただ寝ていても

学べることいろいろ。




食事があまりおいしいと感じることがなく
食欲もないので、食事のとり方がわからなくなってきていました。

調理したものをたべると具合が悪くなるので、
いまは果物が主食です。
果物はとてもおいしいのに、煮込んだものなど食べると気持ちが落ち込みます。
なぜなんだろう?材料は調味料に至るまですべてオーガニックなのですが
とすると煮込みに使用している鍋の素材が原因?!(さすがにアルミ鍋は使っていませんが。)

そしてまた、おなかが空いてないのに時間だからと食事をすると
明らかに体調不良になる。


ある朝、起き抜けに、おなかがすいていたので食べたバナナがとてもおいしかった!
あぁ、バナナって深い甘さがあってクリーミィで本当においしいんだなあと思った。
体中が細かく震えて満足しているのが分かりました。


病床で「アナスタシア」を再読。

彼女の言う種の蒔き方や植物の育て方は実践したいと前から思っていたけれど、
今回、彼女の食事のとり方を読んで、はっとした。

森のそこここに生えているハーブなどを歩きながらほおばり、
ベリーをみつけたら食べたいときには食べている。

とにかく、食べたいときに、食べたいものをちょこちょこつまみ食いしているのが
彼女の食事のとり方。

なんて自然!

決まった時間に規定量の食事をとることを繰り返すのが食事だと・・・いつの間にか思って居た。
からだは必死に現代社会の合理性に合わせてたんだ。


目から鱗が落ちて以来、
食べたくなったときに、食べたいだけの果物(1回の食事にそんなに沢山の量はいらないんですよね)を
ちょびちょび食べている。

この食べ方に切り替えてから、
口にしたものがとても繊細に美味しく感じるし
(あまりに美味しいので自然に目の前の植物への感謝の気持ちが湧いてきます)、
単にお腹一杯になるのではなく、ちゃんと身体のエネルギーになるのが分かる。
満足度が高いんです。
そして当然のように食べ過ぎるということがない。
もしかしたらお腹一杯食べるという概念は植え付けられたもので体にとっては負担でしかないのかもしれません。
腹八分目ですらなくていい。

社会通念に縛られず
食事のとり方を根本的に改善しようと思う。

体のために。


2018.05.29 Tuesday

『ほんとうに大切なものは目に見えない』

 
・・・とは、「星の王子さま」にでてくる一節だったと記憶していますが、
『その目に見えない大切なもの』は、
じつはちゃんと目に見えるこの世界にも反映されていて
(だからこの世のことを「うつしよ」と呼ぶのです)
そのささやかな声に気づくかどうか、という事なのだと思います。

今回の個展では、そのささやかな声に
耳を傾けてくださるかたのなんと多かったことでしょう。。

既成概念や先入観にとらわれず、非常にニュートラルな曇りのない目で
場の流れ、作品に顕れているものを受け取られ、
ご自身の直感を信じながら作品をご覧いただく方が
本当に多くいらっしゃるのを感じてとても嬉しく思いました。


批評や評価・・・「これとこれではこっちのほうがいい。」だとか
「過去のこの作品の方が良かった。」、「○○に似ている。」などの比較や優劣の視点は
何も生みませんし、何の発展もなく、滞りを起こすだけで、
作品そのものを雑にしか見ていない、送り手にも受け取り手にも全く必要のない枠外のものです。
いま本質に届こうとする時に、そういった視点は無視してよいのです。

今回の個展では、まるで上手に結界を張られたようで、良い循環しかありませんでした。
結界の中へお越しくださったお客さまには、
心地よく安心してお過ごしいただけたのではないでしょうか。
ギャラリーの資質というものは、ご来場のお客様のご様子をみてもよく顕れています。

色々な角度からみて感じ取っても、今回の個展は本質に届くものであったと言えます。
それがお客様にきちんと届いているという実感と結果がともなわれて、幸せでした。


今回友人からとても印象的なメールをいただきましたので、
そのほんの一部ですが、ご紹介させて下さい。

「視覚支援学校に勤めているんですが、
視覚障害の方と話していると、目で見えているものが決して真実ではないんだなと感じます。
(中略)
そして、生徒達の立体のとらえ方や、気のつかみ方がすごく大きな規模でなされており、
その感覚に驚かされて・・・(以下略)」


あたりまえと思って居たものごとが真実の妨げになることが多々あります。
つねに本質に届こうとする心を滞らせてはいけません。
(そういえば舞台「ラ・マンチャの男」に『現実は真実の敵だ』という台詞がありました。)

そしてまた、
もうぎりぎりいっぱいいっぱいに背伸びして、ほんの指の先が触れるか触れないか。。
そういうところにようやく根源の真の美しさが見えてくるように思います。

なんども背伸びしてなんども手を伸ばして、いつもぎりぎりいっぱいなのですが、
それを繰り返しているからこそ届いた扉。

galleryARCAのオーナーさんが
今日のブログにこのように記して下さいました。

扉をひらいて・・・「ARCO IRIS」エピローグ
https://ameblo.jp/tane320/entry-12379687218.html


このオーナーさんとは、本当に稀な、そして大変重要な出会いだったと思って居ます。
感謝しかありません。

私の作品たちの居場所を、丁寧に、歳月をかけて作ってくださいました。

その丁寧さが生みだす繊細な心地よさが、この度お越しくださる皆様に届いていたように感じます。






2018.05.10 Thursday

ARCO IRIS






今回の個展のタイトルテーマは、ノアの箱舟に縁あるARCO IRIS(虹)。
作品に浄化の風雨が顕れる。

会期が始まって間もなくずうっと雨なのは偶然?とつい思ってしまう。笑



今日は朝から激しい雨になり、遂に雷様がやってきました!

毎日雨だったけれど雷様のこと、忘れていたよ。


やはり浄化の強い雨。

窓ガラスがびりびり揺れる。

近い。



そして遠ざかる。



虹が見える?


なにかひとつ清まり。
なにかひとつ気づかされる。


2018.04.03 Tuesday

郷土資料館閉館

  


3年前にここに越してきたときに、
土地の事を知るのに大変興味深い資料を見せてくださっていた、
地元の郷土資料館が3月一杯で閉館になるとのことで、
少なからずショックを受けながら、仕事の合間をぬって最終日に訪れました。



郷土資料館の建物は、
大正元年に横浜の実業家の別邸として建てられた日本家屋。
大正6年から昭和19年までは、
徳川宗家16代当主、徳川家達が使用していました。
家達の在住時は、離れと本館が渡り廊下で繋がれており、
当時の配膳の様子など資料館のスタッフの方が説明してくださり、
大変興味深いものがありました。

ここはなによりスタッフの方が活き活きと説明してくださり、
よほどこの土地を愛しておられるのが伝わってきて心地が良いのでした。

展示品は逗子・葉山にゆかりのある文豪たちの遺物や、
古墳時代よりの発掘品、
地形にまつわる化石や地層、
鎌倉時代の寺社仏閣にまつわる品々。。








建物も庭も、いつもきりっと清浄が保たれています。







市の予算不足という理由により一応は今年度いっぱい閉館とし、
来年度以降のことは未定だそうです。
こういう資料館こそ、ほんとうに興味を持って訪れれば
自分の足元からさらに広がるものがあるのになぁ、、、と思うのですが。
観光客と言うより、まず土地の人に見ていただきたい資料が満載。
私は縄文時代から弥生、古墳時代にかけての土器のコーナーにくぎづけ。。
(鎌倉時代になると、常滑のやきものなどが輸入されていたようです。)


前庭にはイスとテーブルがあり、
『ここでお弁当だけ食べてゆかれてもいいですよ』と
以前ここの館の方にお声かけていただいていたこともあるので、
前庭からは海が臨めて景色も良いので
お言葉に甘えて休憩させて頂いたこともありました。



閉館していてもきっと引き続き管理はされて建物の清涼は保たれることでしょう。
できれば来年度にはぜひ再オープンしてほしいものです。。




2018.03.24 Saturday

「またつくりますよね。」

 


ときどき作品をご覧になりながらお客様から言われる言葉です。
『この作品またつくりますよね。』

私はお答えします。
『またつくれるかどうかはわかりません。』と。

私が作っているものはすべて自然からおすそ分けいただいているものだからです。
いま作品たちを作らせてもらっている土も、釉薬等の諸々の原料も、いつなくなるかわかりません。
自然のものですから、採掘しつくしてしまえばもう永久に手に入らないかもしれませんし、
新たな鉱脈や土がみつかれば、またつくれるかもしれません。

現に過去にも、絵付けの絵具や釉薬が手に入らなくなったり、
採掘場の移動により土の質が変わったり、
それにともなって作品もずいぶん変わってきました。
けれどわたしはそれはとても自然なことで、無くなって困ると思ったことはありません。
作品というものは、自然からほんのひととき許されて作られている、ということです。

量産するために比較的安定した原料だけを用いてつくる、という方法もありますが
制作を枠にはめて表現を規制する窮屈さをどうしても感じざるをえません。
それにそうやって作っていたものも長い目で見ると
やはり同じように原料が手に入らなくなって作れなくなる可能性は普通にあるということです。
窮屈な思いをして作って安定を手にしたように見えても、やはりなくなるものはなくなるのです。


今ある作品は本当に今しかご覧いただけないのかもしれませんね。


happa do & MAJO二人展
『BOSQUE〜メザメノテマエ〜』

2018.3.1.thu.-26.mon 11:00-18:00 火曜定休

会場/葉っぱ小屋 鎌倉市御成町11-10 2階 電話080-1164-9020
http://www.happado.com
info@happado.com

アクセス/鎌倉駅西口より左へ100歩。御成通り右手のインテリアマサキさんの2階。






クリックで拡大します





ご好評いただいておりますこの展示も、ついにのこりの会期3日間となってしまいました。

明日は16-18時在廊しております。明後日最終日も14時半くらいから在廊しております。

お越しをお待ちしております*


カイロ団長もお待ちしています*



2018.03.13 Tuesday

つれづれ*

 
7年前の3月11日の震災後、テレビをやめた。

演出された情報・・ことに低いバイブレーションを感じるものはきっぱり断つ。
テレビから受けるのは、もはや低い振動ばかりで心身つらくなってくる。
断って正解だったと7年経ったいまつくづくそう思う。

テレビに限らず、
良い振動を自分に取り入れ心身を保つ、ということが難しい世の中になっている。
なんだか人類として感覚器が後退しているようにも感じる。

気が散り、集中できなくなるほどの多量な情報は害でしかない。
荒く低い振動はきっぱりと断つ。


今日、ひさしぶりに少し大きめの地震があった。
その時にすっと手が合わさり、大地の事を想う。

ただただ大地が大好きだという気持ちと
自然の行うみこころのままに、と。

自然はまちがいなく
もっとも確実で正確な方法で癒し循環する。
私はその船に乗る。

私の心身が自然そのものであることが
安心であり 指針であり 拠り所であることを改めて感じる。
わたしの人生はその船に乗っている。





昨日鎌倉で在廊をしていて、
月曜日というのに、ほんとうに素晴らしいご来客ばかり。

沢山のみなさんに、本当に丁寧に作品をご覧いただいて
今日はなんという日だろう・・と感激していました。

作品も
それが生まれるお手伝いをさせていただいた私も
幸せに包まれました。

ほんとうにありがとうございました。


今日は休廊日。
今週は「土の日」もあります。

ぜひご来場くださいね。



『BOSQUE〜メザメノテマエ〜』

2018.3.1.thu.-26.mon 11:00-18:00 火曜定休

会場/葉っぱ小屋 鎌倉市御成町11-10 2階 電話080-1164-9020
http://www.happado.com
info@happado.com

アクセス/鎌倉駅西口より左へ100歩。御成通り右手のインテリアマサキさんの2階。






クリックで拡大します



**

☆葉っぱ小屋 今月の「土の日」
 
土とともに丁寧に過ごす時間を大切にしています。
初心者の方でもどうぞお気軽にご参加ください。

3月の土の日
16日(金) 13-15時
18日(日) 13-15時 残席2名

(開催日前日18時までの予約制)

入会費無料

参加費 1回 4000円 (土代、釉代、焼成代、税込)
    (中学生以下はおひとり1回3500円)
   ※完成した作品は約ひと月後に葉っぱ小屋にてお手渡し
    または宅配便にてお送り(要送料)します。

「土の日」へのお問合せ・お申込みは葉っぱ小屋まで。

・メール  info@happado.com
・電話   080−1164−9020
・葉っぱ小屋店頭でもお申込み頂けます。
鎌倉市御成町11-10 2階
 アクセス:鎌倉駅西口より左へ100歩。
 御成通り右手インテリアマサキさん2階
 
※店頭申込み・お電話の受付時間は11-18時
※火曜定休

または直接MAJOまでメールでお申込みください。
majo_ceramica@yahoo.co.jp


2018.02.11 Sunday

さそりの火

 



「あれは何の火だろう。
あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」
ジョバンニが云いました。

「蝎の火だな。」
カムパネルラがまた地図と首っ引きして答えました。

「あら、蝎の火のことならあたし知ってるわ。」

「蝎の火ってなんだい。」ジョバンニがききました。

「蝎がやけて死んだのよ。
その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」

「蝎って、虫だろう。」

「ええ、蝎は虫よ。だけどいい虫だわ。」

「蝎いい虫じゃないよ。僕博物館でアルコールにつけてあるの見た。
尾にこんなかぎがあってそれでさされると死ぬって先生が云ったよ。」

「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さんこう云ったのよ。
むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて
小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。
するとある日いたちにみつかって食べられそうになったんですって。
さそりは一生けん命にげてにげたけど
とうとういたちに押さえられそうになったわ、
そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、
もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。
そのときさそりはこう云ってお祈りしたというの、
 ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、
そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。
それでもとうとうこんなになってしまった。
ああなんにもあてにならない。
どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。
そしたらいたちも一日生きのびたろうに。
どうか神さま。私の心をごらん下さい。
こんなにむなしく命をすてずどうかこの次には
まことのみんなのさいわいのために私のからだをおつかい下さい。
って云ったというの。
そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって
燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。
いまでも燃えてるってお父さん仰っしゃったわ。
ほんとうにあの火それだわ。」

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より



**


このさそりのお話は、
宮沢賢治が描くテーマのなかでも私の心にひどく強く残っているエピソードです。

写真はさそりの祈りのすがたを映したブローチ。
14日からの企画展「双子の星」に出展します。



点滴堂企画展『双子の星』
 2月14日(水)-25日(日) 12:30-21:00 ※月・火定休
会場/点滴堂
 東京都武蔵野市 中町 1−10−3 2階
 tel.090-6796-5281
 三鷹駅北口より徒歩5分

**

「点滴堂」は、ギャラリースペースのあるブックカフェ。

三鷹駅 北口 歩いて5分のちいさなお店です。

書棚の古本や 作品の展示とあわせておいしい珈琲をどうぞ♪



お買い物だけでも◎ 喫茶ご利用だけでも歓迎です♪

どうぞお気軽にお立ち寄りください☆

点滴堂公式サイトより)

**


2018.02.07 Wednesday

振動

 



今日は波に運ばれて春の気配を感じました。



大変な境遇に遭ったり
ひどく心が落ち着かない状況に遭った時、
その場の振動はとても荒いものになっています。

日常の、心地よくお掃除をしたり
今回のような展示の在廊をしたりしているときは、
細やかな振動の場が作られています。

ある特定の神社の境内やそれにたずさわる神職さんが
自らのお役目をお勤めになっているとき、
その場は超微振動となっています。

いとも簡単に人は振動の影響をうけます。
荒い振動の中にいたときはそれが周囲に伝播し、
自分もその振動の影響をうけ連鎖してゆきます。
逆もまた然りで細やかな振動にふれると、自分もその微振動の影響をうけます。

振動ということがわかっていれば
その荒くなってしまったものを調えるのはいともたやすいことなのかもしれません。

以前、京都の気功の学校で学んでいたときの話ですが、
私の胃の調子が非常に悪かった日があって、
言い方を換えると、
私がその時影響されていた振動が荒くなっていたのでしょう。
それにぱっと気づいた先生が、さっと、私の胃を調えてくれました。
言い換えると、
先生が居る場の持つ細やかな振動に合わせ調えてくれた。
気功の学校の学びが心地よかったのは、
細やかな振動が伝播し、自分もその振動の影響を受け
細やかな振動に調整されたから、という言い方もできるかもしれません。
細やかな振動は心身の傷を癒し、免疫力を高めると体感しています。

よくマッサージ師などが、患者さんを診ているうちに
自分まで体調が悪くなる、という話を聞きます。
具合の悪い人が影響を受けている荒い振動にマッサージ師が影響受けて
自分まで荒い振動になってしまったという事だと理解できます。
振動、ということがわかっていたら、
自らを微振動に整えて、その微振動に相手が調っていく、ということが本当なのでしょう。



繰り返しになりますが、
振動ということがわかっていれば
その荒くなってしまったものを整えるのはいともたやすいことかもしれません。
自らを細やかな振動に戻し調えるのは、自然の力を借りればよいのだから。
そもそも人間は自然そのもの。

海の波のそばに居るだけで良かったり、
森の中を歩くだけで良かったり、
富士山の気を浴びるだけでも心身が自然に細やかな振動へと調ってゆくのが分かる。

知識や薬がいかに見当違いなアプローチをしているのかがよくわかります。
かえって振動を荒くしてしまっている。


人はいとも容易く振動の影響を受ける。
人はこの大自然そのもの、
大地の子供だとの素直な実感があれば
心身を戻し調えるのは本当にたやすいことです。



伊勢神宮の御饌に使われる土器をつくっている場所を土器調整所といいます。
土にも振動があり、知識や技術ではなく素直に食に添うものとして自然に添い
的確に調整されたものであるべきなのでしょう。
「工房」ではなく、「調整所」という言葉を使う所以がいまではよくわかる気がします。
(写真はその調整所でつくられた土器をお分け頂いたもの。)






2017.12.24 Sunday

祈り

 
幼いころから信者でもないのだけれど好んで教会に通っていたせいか
そしてスペインの田舎の村でツリーもリースもサンタもいない
土着のクリスマスを過ごした経験があるからか
クリスマスというと、どうしてもどこかしらイエスのパッション(受難)に続く道を思ってしまう。

イエスが救い主であるということがどういうことか。
たったひとりでいつも祈っている祈り人。

友人の古神道の修道士が
『天皇陛下はたった一人で毎日祈っているんだよ。』
と言っていたことをも思い出す。

祈るということ。

十字架に打ち付けられながらイエスは言う。
『主よ、彼らをおゆるしください。自分が何をしているのか、知らないのです。』


古神道に曰く、
知らないで犯した罪と
知っていて犯した罪では
知らないで犯した罪の方が重い。
知っていれば加減をするが
知らなければ加減がない。
人生に於いて学んでこなかった分、その罪は重い。


彼らとは自分である。
自分とは世界である。

そしてあとは感謝の祈り。



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