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2017.10.15 Sunday

パンと陶芸


パン作りと陶芸はにているところがあるなあ、、
と以前にも書いたことがあるかもしれませんが。

10年近く前から自分でパンを焼くようになり、
いまは、果物から起こした酵母で
自分の朝昼ごはん用にたいてい全粒粉のパンを焼いています。

自分で焼くパンに何も疑問なく主食となっているのですが、
ちょっと興味深いブログを見つけて読み込んでしまいました。

ベーカリアドバイザーの部屋
http://sizuasa.blog44.fc2.com/


私が日々感じ取っている陶芸にものすごく重なることが書かれています。

専門家の立場から
「パンをただの商品としか扱えないパン製造業者はすぐに辞めてほしい」と。

また、昨日私のおぼえがきに書いたような、
土の乾燥具合をみる、というのは
パンの場合、発酵具合を見る、と言い換えられるでしょう。

やはりパンも生き物。
そもそも大量生産には向いていないのだという事がよくわかります。
大量につくるには、それにふさわしい人員数と技術経験と環境が必要であって。
それをクリアしたうえでならたくさんのパンを作って売ることもできる。
しかしそれができていないところが意外と多いのだ、ということも具体的にわかりました。

またパンをつくっている人の念がパン生地込められる、というのも否定できない。
それくらい職場環境を真剣に改善してゆくことが大切なのだ、と。。

どれも陶芸に共通して私も経験上、うなづけるお話がかなり多い。


また、これも私が経験あるのですが、
技術的なことをすごく簡単にメールなどで聞いてくる人のこと。。。

パン教室で習えることには限界があるという事。

お金がないから、と、ネットから質問してきて、
安易に済ませようとする態度。
すでにご質問してくる方の本気度が伺えます。
『まずは現場で10年勤めてみてください。』という
ベーカリーアドバイザーさんのお答えは秀逸。


2017.09.14 Thursday

最初の展覧会


そういえば、人生で初めて見た展覧会というものは、
親に連れられての都内デパートで開催していた岡本太郎展だった。
私はまだ幼稚園か小学生低学年くらいだったと思う。
物見遊山的にご近所ともども子連れで訪れたのでした。

極彩色に彩られた岡本太郎の作品たちは、
タイトルに「犬」とあっても、犬に見えない。

『わあ!なにこれ〜』
『めちゃくちゃだあ〜!』

そんな風に思うまま声に出す子供たちに親たちもほとほと困り、
そうそうに会場を立ち去った、という記憶。



長じて美術にかかわるようになり、
岡本太郎の作品はどうしても好きとは言えない部類のものでした。

ところが1冊の本が、私の岡本太郎の印象を変えました。

美大を出てから務めていた陶芸の工房へ片道2時間半、
往復で5時間かけて毎日通っていた時代、
電車の中でたっぷりとある時間を使って片端から本を読みまくっていました。

読みたい本を読みつくしたそのあとは、通勤途中の本屋の棚から次々と本を買い、
または図書館でかりまくって、読みまくりました。
その中の1冊に、岡本太郎の「青春ピカソ 」がありました。
初めて読んだ岡本太郎の本です。

岡本太郎の作風はなんとなくピカソを思わせるものがあるなあ、というところも
それまで氏の作品があまり好きではなかった理由なのですが、
(私はピカソの作品も人物も好きではないので)
しかし氏の書かれる本の中には、
その作品からは想像もできないほどの
岡本太郎ご本人のチャーミングなお人柄がうかがえました。
その一方で、ご本人自身と作品が何か、かい離しているようにも感じられました。

著作「青春ピカソ」では、
直接ピカソに会いに行く経緯と心情が描かれているのですが、
ピカソと対決するぞ!
これは対決なのだ!という気分の文面で書かれているにもかかわらず
隠しきれない「ピカソ大好き!!」というあふれんばかりのピカソへの愛を感じました。
なんだかかわいらしい人だなあ、、、というのが、
岡本太郎へ対する新しい私の印象になりました。

そのあと、作品ではなく岡本太郎という「人物」に興味を持ち、
著作を読んでみると、この方の書かれる書物はやはり興味深く面白い。
岡本太郎は、作品より、「本人」を、ほんとうは見るべきだったんだと気づかされました。

私が読んだなかでも「岡本太郎の東北」は特筆すべき内容でした。
私が日本の文化に深い興味を持つきっかけになりました。
そういえば岡本太郎は若いころに、フランスで活動していた時期があり、
そのままフランスにとどまるチャンスを押して日本へ戻ってきたのでした。
帰国して改めて、
日本が古来からえんえんと持ち続けている民族的な宗教と文化から気づきを与えられ、
(岡本氏の視点は、縄文時代を再発見し
それまでの日本の古代史観を書き換えたともいわれているようです。)
そしてまたそれがすべての民族に共通しうることであると気づく。
これは大変興味深いことですし、私自身の経験からも共感を覚えるところがあります。


以下、少し長い引用になりますが、
2011年12月に行われた岡本太郎生誕100年のイベントでの対談の一部になります。
(対談者は末尾に明記。)
こちらも読んでいて、ああ。。と感嘆の息がもれます。




太郎は死ぬまで理解されなかったと言って
いいでしょうからね。
でもそれを選んだのは太郎自身です。
だって、パリに戻らなかったわけですからね。
戻れば順風満帆だったはずなのに。

太郎は19歳で渡仏し、22歳の若さで
抽象芸術運動の
ど真ん中に迎えられるわけです。
そのときのメンバーの顔ぶれを見ると‥‥

ーすごい巨匠ばかり。

そう。
しかも同時にシュルレアリスムの連中とも
つきあっている。
いわば、世界選抜チームを
渡り歩いたわけです。
人脈にしろ、キャリアにしろ、言うことなし。

戦争が終わって、パリに戻っていれば、
うまくいくのは目に見えていた。
だけど、帰んなかった。なぜだろう?
本人は
「俺はパリを捨てた人間だから、
 もう戻る資格はないんだ」
みたいに言ってるけど
とてもそんな程度の話とは思えない。

これは敏子に聞いたわけじゃなくて、
単なるぼくの推測ですけど‥‥
もしかしたら強烈な使命感が
そうさせたんじゃないかと思うんです。
いわば岡本太郎は、草野球しか知らない国から
ひとり大リーグに渡った人でしょう?
帰ってきたら母国はまだおかしなルールで
草野球をやっていた。
それを見て、誰からも頼まれてないのに、
このガラパゴスをなんとかしなきゃ
それがおれの仕事なんだ、と
勝手に思い込んだんじゃないかと思うんですよ。
だって、太郎は滅茶苦茶、
真面目な人だったから。

ー あ、真面目な人っていうことは、
 よくわかる。

そうですよね。
几帳面で、異常なほど
正義感の強い人だったと思う。

このことは、以前
民俗学者の赤坂憲雄さんとも
少し話をしたんですが、
赤坂さんは
「でもね、太郎がえらかったのは、
 草野球をやってるやつらを
 バカにしなかったところだ」
とおっしゃっていました。

ーああ、ほんとうに、そうですね。

当時、外国から帰ってきた人たちは
学者にしても芸術家にしても、
みんな日本をバカにした。
「おまえら草野球しかできねぇのかよ」
「俺は違うもんね」と。
太郎はバカにせずに
芸術とは何か、人生とは何か、
大衆に向かって、それを言い続けた。
だけど、けっきょく伝わんなかった。
死ぬまで「残響の強い無理解」の中にいたんです。


太郎さんは、フランスに行ったときに
マルセル・モース
(文化人類学者。岡本太郎さんが
 ソルボンヌ大学留学時に師事)
とのつきあいがありましたよね。
進んだ西洋の文化にあって、
たとえばアフリカに住む人たちを
研究対象として見ることがあったかもしれない。
でも、ちゃんと研究している人は
「ほんとうは同じ」ということに
気づいていくわけです。
おそらく人類学というのは
そういうことだと思います。
そこで、
自分が自分として生まれたということを
否定するわけにはいかない。
パリにいる岡本太郎はそう考えたと思います。

否定するわけにいかないけど
過剰にすばらしいとも言わない。
海外に行くと「日本はすげぇぞ」って、
やたらに言いたがる人だっているけど、
岡本太郎はそうもならなかった。

向こう側で見たものがあって
日本に帰って掘り起こしてみたら、
「なかなか、全部すごいじゃん?」
ということだったのでしょう。

(中略)


太郎は大阪万博で、
まぁ「見かけ上」、大成功したわけですよね。


でも、というか、だからこそ、っていうか
それ以降、太郎の地獄がはじまったんです。
あいかわらず社会は太郎に無理解なんだけど、
表面上成功したら、
戦わなくなっちゃったんですよ。

太郎が画壇的な権威に喧嘩を売っていた頃は、
「岡本太郎が10年後に残ってたら、俺の首やる」
という評論家もいたんです。
寄ってたかって批判して
『太陽の塔』のような見苦しいものは
ダイナマイトで爆破しろ、という声も
あったくらいです。
だけど、『太陽の塔』は国民的存在になり、
万博は大成功した。

それで、敵がいなくなった。
無理解、かつ敵がいない状態。
のれんに腕押し、糠に釘。
(中略)

万博以降は行く場所がなくなっちゃった。

-----------------------------------------------
岡本太郎生誕100年対談

岡本太郎記念館館長 平野暁臣
(文中、敏子というのは岡本敏子さん。暁臣氏は敏子さんの甥御さんだそうです)

インタビュー 糸井重里(ーで始まる部分)

以下のページより抜粋・引用させていただきました。
https://www.1101.com/taro100/2011-12-28.html







2017.09.02 Saturday

「私の人生は一遍の美しい物語です」


先日のブログで征矢泰子さんの人魚姫の詩から、言葉、感情のことなど書いたのですが、
そもそもの話として、人魚姫といって一般的に思い浮かぶのが
アンデルセンの童話ではないかと思うのですが、
アンデルセンの原本では人魚姫の話はどうなってるのだろう?と
疑問が湧いてきました。

早速、なるべく原本に近いと思われる邦訳で読んでみたのですが、
私が子供のころ読んで深く印象に残っていたアンデルセンの人魚姫とは
かなり印象が異なるものでした。

原本では人魚姫の幼少期から王子に出会うまでの描写がかなり丁寧に描かれており、
(私がかつて読んだ児童書版ではこの部分がばっさり省略されていました)
そしてまた面白いな、と思ったのは、
人魚姫は王子に親愛の情を覚えるようになったことで、
人間というもの全体をいとおしく思うようになったという描写とともに、
人魚姫は「永遠の魂」を手に入れたいと思った、ということ。

人魚は生まれ変わることができず、300年の寿命を生きた後ただ死ぬだけなのに、
人間には永遠の魂というものがあり、生まれ変わることで永遠に魂は生き続ける、
というような観念が描かれています。
熱心なキリスト教信者だったというアンデルセンならではの描写が織り込まれています。

(ちなみに、、
キリスト教で生まれ変わり?とちょっとひっかかったので調べてみたところ、
デンマークの国教であるプロテスタントの宗派の中には、
「個人の罪が赦された時、聖霊によって霊的に新たに生まれ変わる」
という教えがあるそうです。
私が住んでいたスペインは同じキリスト教でもカトリックですが、
生まれ変わりの概念はありません。)

そしてさらに驚いたのは、物語のラスト。
泡となって消えた人魚姫は、
彼女の良い心持に救われて、
さらに功徳を積むことにより300年後には永遠の魂を手に入れることができる、
と天使たちから告げられ天の国に近づきます。
その時初めて涙というものを生まれつき持たない人魚は涙を流すのです。

だから、人魚姫はいつも人が良いことをする手助けをするために
あなたのそばの自然の中にいて、
あなたが善い行いをすればより早く永遠の魂を授かることが出来、
あなたが悪い行いをすれば、彼女の永遠の扉も遠のく、と締めくくられています。

これはほんとうに教会のお説教的な描写部分で、
このあたりも私が幼少時に読んだ人魚姫の物語ではばっさり削除されていました。。


この人魚姫を読みながら、ハンス・クリスチャン・アンデルセンという
人物そのものにも興味がまた湧いてきたので、
ずっと昔に買った本をひっぱりだしました。



アンデルセンの自伝で、
「私の人生は一遍の美しい物語です」
というこの有名な一文はご存じの方もおられるかもしれません。


これを改めて読んでいるとアンデルセンはつねに神に寄り添い、
神の手となって執筆を続けていたように感じます。
とりわけ、この「人魚姫」の物語はアンデルセン自身と人魚姫が重なります。

少年期に極貧の中にあっても、
両親にまるで物語の中の王子様のように大切に育てられたアンデルセン。
現実をみず、夢見ることしか知らなかったアンデルセンは、
美しい声を持っていたことで、少ないお金を持ってコペンハーゲンへ上京し、
オペラ歌手になろうとしますが、声変わりで挫折。
そのあと執筆の仕事も、あきらめられない舞台への夢もことごとく破れてゆきます。

けれど絶望と極貧のどん底にあっても、
なにかのんきな部分が自分の中にあったと彼は自伝の中で書いています。
(幼少時代からのアンデルセンの環境は別の見方をしたら、
あまりに凄惨といえるかもしれません。。極貧の中、祖父、祖母、両親ともに狂死。
彼はその狂気の血を受け継いでいることに恐怖を感じていた部分もあったようです。)

こののんきな部分こそが、救いであり、彼の強さでもあり、
そして永遠に循環する豊穣=コヌルコピアに届かせるもののように私は感じます。
のんきな部分。
根拠のない安心感。
これは人の心の中に示される神の手なのかもしれません。

根拠のない安心感を持っているか持っていないかで、
その人が頭で考えているのか直感で動いているかがわかります。
そして直感で動くことこそが、この大地に於いてコヌルコピアに触れる鍵。

アンデルセンの自伝を読んでいると、両親の育て方の功徳もあって、
かれは直感でしか動いていない。
それでたくさん無駄道を歩いているようにもみえるけれど、
結局そのすべては、彼の詩や童話に集結している。

ひさしぶりにアンデルセンの自伝を読んですっかり忘れていた部分も多く、
今読んでみると、なんとはなくヴァン・ゴッホを思い出したりもしたのでした。。

 



点滴堂企画展「人魚姫の嘆き 2017」 →公式ページ

8月23日(水) - 9月3日(日) 月・火定休

12:30-21:00


会場/ 点滴堂 →HP
    東京都武蔵野市中町1-10-3 2階
    ・三鷹駅 北口より徒歩5分




「点滴堂」さんとはこんなところです・・・

ギャラリースペースのあるブックカフェ。
三鷹駅 北口 歩いて5分のちいさなお店です。

書棚の古本や 作品の展示とあわせておいしい珈琲をどうぞ♪

書棚や展示作品をご覧になるだけでも歓迎です♪

どうぞお気軽にお立ち寄りください☆

(点滴堂さんホームページより)

***


いよいよ日曜日までとなりました*
ぜひおこしくださいませね。


2017.08.31 Thursday

封印を解き放つ

 
すてきな詩をみつけました。


------------------------------------------------------


「人魚姫に」     征矢泰子



声と一しょに多分

おまえはことばも

捨ててしまうべきだったのだ

声を失くしたおまえのことばは

おまえの中で

なんと重たく疼いたかったことか

ことばはもうけっして

おまえの外へは出ていかず

いつもただ おまえの中にふりつもった

愛に熟れていこうとするおまえの

ういういしいからだの中で

閉じこめられたことばはおまえを閉じこめた

おまえにはわからなかったのだ

愛はからだからもはじまることなど

ああ だからこそ

おまえはいのちと引きかえに

ことばたちに望みを託したのにちがいない

おしげもなくなげ捨てた

おまえのうつくしいからだから



ときはなたれた愛のことばたちが

すきとおった泡になって

遠くさらに遠く

とびちっていくのがみえる


------------------------------------------------------


この詩を読んで

泡とは封印が解けた印とされていることに納得しました。

泡となり命の循環の輪に舞い戻る。

死とは終わりではなく、次の命へと繋ぐ過渡。

海のおかあさんの胎内で。



感情に名前を付けたのが言葉で。
名前を付ける、ということは本来在るものに縛りを付ける、という事になる。
スペイン語を話すようになったときにふと思ったことは、
ああ、いまのこういう自分の感情に、スペインではこういう言葉をあてはめ、
日本ではこの言葉をあてはめてあるのか。
という、感情と言葉のかい離した部分でした。

人間という生き物として、根本的な自然に沿った感情というものは、
人種国籍問わず、同じではないかと思います。
そこに、文化や民族の背景を負った言葉をあてはめたときにずれが生じる。
さらに文字にしたときに、もっと大きなずれが生じる。
しまいには、そのずれた言葉や文字に感情の方が影響されるようになってしまう。。

古事記の冒頭にも書かれているように、
文字にした時点で本質から離れてしまっており、
文字で本質を正しく伝えることは大変困難なこと。
その本質を後世の人間がようやくたどれる手段として
本質とは比べようのないなんとも貧しい
「文字」あるいは「言葉」という手がかりしか残されていないという現状。
だから本質をみようとするときに、
あくまで文字や言葉は手がかりであり、
文字や言葉に頼ってはいけない、という事、忘れてはならない。

声を封印されたとされている人魚姫だけれど、
彼女が封印されたのは、ほんとうは声なのではなく感情だった。
(上に転載されていただいた征矢泰子さんの詩で
「ことば」と表現されているのは、感情そのもののことかな。。と思うのですが)
そして王子には、
封印された感情(=本質)を読み抜く力がなかった。←これ現代人に普通に多いような。。

人魚姫の感情は泡となり
波間に漂い、
そして深い母の胎内で新しい命に生まれ変わる。
(彼女が陸で死んだのではなく、海に身を投げた、ということは
想像以上に重要なことのように思えてきます。)

人魚姫とは切ないだけではなく、
ひもといてみればそうとう奥の深いお話しなのかもしれません。




神戸のアトリエシードさん、
そして現在開催中の三鷹の点滴堂さんと、
人魚をテーマとした展示が続き、
私の気持ちも深い海の底へともぐってゆきました。
人魚というテーマには、これからも何かしらの形で作品に顕れてきそうです。


点滴堂企画展「人魚姫の嘆き 2017」 →公式ページ

8月23日(水) - 9月3日(日) 月・火定休

12:30-21:00


会場/ 点滴堂 →HP
    東京都武蔵野市中町1-10-3 2階
    ・三鷹駅 北口より徒歩5分




「点滴堂」さんとはこんなところです・・・

ギャラリースペースのあるブックカフェ。
三鷹駅 北口 歩いて5分のちいさなお店です。

書棚の古本や 作品の展示とあわせておいしい珈琲をどうぞ♪

書棚や展示作品をご覧になるだけでも歓迎です♪

どうぞお気軽にお立ち寄りください☆

(点滴堂さんホームページより)

***

ぜひお越しください。
どうぞよろしくお願いいたします*



2017.08.25 Friday

狂人

 
ミュージカル「ラ・マンチャの男」より

***********************************


『私はこれまでありのままの人生というものを嫌というほど見てきた。

……息をひきとる仲間を両の腕に抱いたこともある。
彼らはみな、うつろな目をして、
おれはなぜこうして死んでいくのかと私に聞いていたのではない。
いままでこんな人生なんのために生きてきたのかと私に聞いていたのだ。

ああ

人生自体がきちがいじみているとしたら、

では一体、本当の狂気とは何か?

本当の狂気とは?

夢におぼれて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。
現実のみを追って夢を持たないのも狂気かもしれぬ。

だが、一番憎むべき狂気とは、
あるがままの人生にただ折り合いをつけてしまって あるべき姿のために戦わないことだ。』


***********************************



戦い方もいろいろあって。
面とぶつかることだけが戦いのやり方ではない。
すっと離れたり、
さっとかわすこともできる。
にっこり微笑んで終わりにして忘れてしまえばいい。
ただあるべき姿に向かう道を歩んでいればいい。

そうやってただ歩むことで、
この世のたった一人でも
救うことができたのならば、それでいい。
アルドンサが永遠のドルシネアとして目覚めたように。





2017.08.10 Thursday

先月のギャラリートークから

 
この間友人たちと話していた事で、
スペイン語には『産む』を表す一つの単語がないという話題について
ここにもすこし記してみようと思います。。


『産む』は、スペイン語で
dar la luz と言います。
直訳すると『光を与える』。
これが『産む』という言葉として一般的に使われています。

かつての経験で、私の妹が出産した時にスペインの友人たちに、
『私の妹が光を与えたの。』と言っても、
なんだかちゃんと通じてるのか不安になったものです。
もちろん勘違いなく、すんなり通じていました。
日本語の『産む』という言葉とはだいぶん異なる感覚です。


『光を与える』=『産む』というスペインの感覚で、私の中ですぐさまつながるのは闘牛です。

そもそも『闘牛』などと誤訳されているのでわかりにくくなっていますけれど、
スペイン語では『corrida de toros』といいます。
直訳で『牛の走り』。
別に誰も戦っておらず、何の試合でもなく、
輝く生命への畏怖と賞賛の儀式が『corroda de toros』です。
闘牛という名称は、
その国の文化の本質を知ろうとしない外国人が思い込みでつけた名称のようです。



先月のアントニオ氏とのコラボ展でのギャラリートークでもこの話題が出ました。
『corrida de toros』
(誤訳による誤解を避ける為にここでは敢えて闘牛という言葉は使わない事にしますね)
これは、人生そのもののを現(うつ)したもの。

闘牛場に出るまでの約4年間、
牛は野生に近い状態でのびのびと暮らします。
闘牛場(plaza de toros /牛の広場)に出る3日前に、
牛は真っ暗な部屋(子宮)に籠もります。

そうして当日が来た時、
真っ暗な長い廊下(産道)を通って、
わけのわからないまま眩しい光のもと、広い空間に放たれるのです。
『Dar la luz』。光を与える。

牛の広場(闘牛場)で、なぜ自分がここにいるのかもわからないまま、
牛は目の前の困難を乗り越えていかなければなりません。
その困難に面と向かうのか、
それとも背を向けて逃げるのか、
生まれ持った、そしてその場で培った資質が問われます。

やがてすべての生き物が必ず迎える死を受け入れます。
『corrida de toros』は人生そのもの。

マタドール(牛に死を与えるもの)と牛が
最期に対面するその瞬間を『真実の瞬間』とcorrida de torosでは言います。
そこにあるのは『愛』としか言いようのないものだと言われています。
実際に私がスペインで見たcorrida de torosはかなり宗教儀式的に感じました。


スペイン語の『産む』という言葉が
『dar la luz/光を与える』という表現で表されている真相が
スペインで古代から連綿と続いている『corrida de toros』の儀式から
ありありと見えてくるように感じられます。



アントニオ氏とお話していると、なんというか。。たいへん深い気付きに出会うことが多々あります。

異文化を知ることが、自国の内なる文化を照らす。
今日の様な話題もまさにその一例のように思えます。




2017.07.19 Wednesday

メアリと魔女の花

 
とても面白かった!!
こういう映画が見たかった!!

いままでいわゆるジブリ映画を見てきて
なにか物足りないといつも思っていたものが充足されたような映画でした。
「メアリ〜」は、ジブリ解散後、
ジブリのスタッフさんが多くかかわって出来上がった作品だそうで、
ジブリの看板はすでに外されていて、ジブリ作品とはもやは異なるものでしょう。



丹田が鍛えられている人ならば、
この映画に真の丹力があることが容易にわかることでしょう。

この世の真実が語られるとき、何の矛盾もなくすべては繋がっていることが分かる。
気功も、「響き渡るシベリア杉」も、el camino de Santiagoも。

この真実の輪にこの映画は加わる内容だったと思う。。



物語の初めからきちんとメアリの魂魄が描かれていて、
魄が優先し人として見苦しいことをする場面もあるけれど、
自らのしたことを恥じ、魄が最小におさえられ、
魂が大きく膨らんでゆくのには感動がある。
彼女が意を決した最後の魔法を使った「夜間飛行」は純魄のなせるもの。


メアリの成長。。を描いた映画とはちょっと違うように思う。
メアリはすでにすべてもっていて、
その力を発揮できる環境に今まで遭遇していなかっただけ。
だから自分がすでにどんな力を持っているか本人も知らなかった。
彼女が成長して変わったのではなく、
本来の自分を活き活きさせる場面に遭遇した時に初めて
自分本来の力を発揮することができた、というお話ではないか。



魔法なんてなくても、もうすでにすべて自分の中に持っている。

それがうまく活かせなくて歯車がすれ違ってしまうこともあるけれど、
ほんとうに必要となったその時にこそ輝きだすその力は
元来何者にも奪われず、どんなことがあっても輝きを失うことはない。

映画の中で、魔法の花がいともたやすく奪われてしまうけれど、
結局「花や魔法ではない、そんなものは奪われてもかまわない。」
という事ではないか。



魔法のほうきくんが最後の力を振り絞って息絶える場面はこの映画の中でも大切。
メアリはあのとき、
魔法があろうがあるまいが、
やるべきこと・自分の役割は決まっているのだと肝で理解する。
そしてその力は自分の内にしかないのだ、ということも。

連れていけるぎりぎりのところまで、折れたほうきを連れていく
あのときのメアリの気持ちも嬉しい。
モノは、ただのモノではない。
あの壊れたほうきにも魂が宿っているのだから。



「善い」と思えることは人それぞれで、
その人の生まれ育った環境によっても違ってくる。
人のために何かしたい。
人の役に立ちたい。
遺伝子操作の研究を今後の人類にとって良かれと思って続ける人も、
本当に病気が治ると思って薬品投与や手術をし続ける医師も、
そこに悪意があってやっているわけではないかもしれない。

でもそれが自分の本位と異なるとき、
自分にそれは必要がないとわかったとき、
それが自然の生き物として不自然であると感じたとき、
人任せ、情報任せ、成り行き任せにするのではなく
自らが対峙すること。
本能的な直観を信じること。

それができるかできないかで結果は大きく異なってくる。
すべてはすでに自分の中にある。



たとえ何度でもこの後困難があったとしても、
もともと自らが持っている力の輝きの前では取るに足らないこと。
心配することは何もない。
この輝きはいまは本当の道を知っているから。
ほんとうの輝きのために、ほんとうに必要とされる道を歩いているから。

何か目に見えない自然の大きな力に祝福されているような物語。



『私はなにもできないけれど、待っているから。』
大おばさまのこの言葉。
これほど勇気をくれる言葉はない。

帰る場所がある。
待っていてくれる人がいる。
そこに自分が座る椅子がある。
それがどんなに幸せで、生きる力を与えてくれることか。



映画のなかに「魔法なんていらない」というセリフがあるけれど、
最終的には「魔法なんてあってもなくても同じ」ということが描かれていると思った。

つまり、魔法があってもなくても左右されない、ということ。
最強ではないですか。
だから最後までエンドア大学の建物は美しいまま。
それに対する不安もないし、
もうこれ以上相手にする必要もない。



「そうだ、私、今夜だけは魔女なんだ。」
っていうセリフも素敵。



この映画をみてきたばかりでうまくまだまとめられず、
感動のままに箇条書きしました。
ちいさなエピソードのひとつひとつがきらきらと輝きちりばめられた
根源的な幸せを、まぶしいくらいに力強く描いた作品でした。

素敵な物語をありがとう!


2017.07.16 Sunday

やってくるものたち 


現在出展中の作品のひとつに、
ここおぼえがきでも工程をご紹介していた
「深い海のひかりと泡」という絵皿があります。


この作品に限らないのですが、
私はいつも作品がどうしても自分の作ったもののように感じられず、
どこからかやってきた他人ごとのように感じているので、
(つまり私は彼らをキャッチするアンテナのようなもの)
今回もそんないつもの自然な調子で
この絵皿のことを少し書いてみようと思います。

今までより大きな窯の導入もあり、私にしては大きめの絵皿です。

必要以上にサイズが大きくなるのは疑問ですが
その絵柄にとって必要な大きさというのはあると思います。

そう、この春に見てきたミュシャの「スラブ叙事詩」もそうでした。
一連の叙事詩を見終わった後、
まるでひとつのお芝居を観終わったようなあの感覚。
あの物語の世界にすっかり自分の身を浸す感覚は、
あの大きさがあってこそ。
必要あってあの大きさの絵にミュシャが描いたのだと
展覧会場で実際にこの目で見て体感して、それがよくわかりました。

もちろんミュシャの大作ほどの大きさはありませんが(笑)
この人魚姫の絵皿も、この大きさのうつわがあってこそ
ここにやってきたのだと感じています。

良い、悪い、ではなく、
それぞれの大きさに見合ったものがちゃんとやってくる。

私は素焼きの終わった器をみると、
次はどなたがここへやってくるのかとてもワクワクします。
トントンと扉をたたいてやってくるまで
どなたがやってくるのか私にもわかりません。
自然現象です。

そうしてこの大皿にやってきたのは、
リュウグウノツカイと人魚姫でした。
ぴたりとこの器に収まったのでした。


さて、ここから余談なのですが、
この絵皿「深い海のひかりと泡」の裏側。

先日、アトリエシードの店長さんと龍についてお話ししていたのですが、
あとで気づいたのが、この絵皿の裏側のこと。
よくよくみると銀彩の焼き上がりの感じがまるで龍のうろこのようで。
それもなんだか生きてるみたい!



銀彩の焼き上がり風情も、人智ではコントロールできないことのひとつで、
こんな風にやきあがるのはなんだかおもしろい。

深い海の守りをまかされた龍が
しらないうちにやってきていたのかもしれません。

それにしてもなんとも不思議な力のある絵皿に焼きあがりました。
いつまでも見ていたいような、
みているとすうっと吸い込まれそうな、そんな人魚姫の雰囲気を宿しています。

ぜひ会場にて実際にご覧いただけましたら幸いです。


企画展『人魚姫の涙 〜光をさがして』
 7月15日(土)ー8月13日(日) 12:00〜19:00 水曜休

出展作家
MAJO (造形・絵付師 逗子)
NOE Mielotar(ガラス 群馬)
glass32(再生ガラス 沖縄)
GlassGlass(ステンドグラス 大阪)
殿最操(造形・陶器 和歌山)
やんばる意匠(染色・紅型 沖縄)

会場/アトリエシード
 兵庫県神戸市中央区北長狭通4-7-3 元町フタバビル201
 TEL.090-6323-2037 ※元町駅 徒歩1分


2017.05.30 Tuesday

スラブ叙事詩

 



聖アトス山というのは、
ローマ・カトリックでいうところのバチカンにあたる、ギリシャ正教の聖地。
この地で聖母マリアが亡くなったとされています。

聖アトス山は古くから女人禁制の山となっており、
これについては、podcast番組「行け!世界遺産と雑学の旅」で、
チャイさんがご自身の意見として言われているように、
奉られている神(キリスト教的には聖人というべきでしょうか)が、
女性であるから。

奉られる神が女神であるからこそ、それを奉るのは男性である、
というのは、神道の陰陽結びでも説明が出来そうな事です。
天照大神をお奉りしているのですから、天皇陛下は男性でないと成らないんですよね。
ひとつには自然の摂理、この世界の成り立ちに沿ったそういう説明が叶うと思われます。




先日、「ミュシャ展」をみました。
上写真はスラブ叙事詩の中の一枚。(撮影許可された場で撮りました)

6月は制作などで密にスケジュールが埋まっているので、
行くなら今月の内にと、国立新美術館へ
ずっと気になっていた大連作「スラブ叙事詩」を観に行ってきました。

平日だというのに入館まで2時間待ち!
混雑する展覧会は今まで避けていたのでこんなに並んで観たのは初めてです。

ただ、それを押しても見ごたえのある展示でした。。

とりわけミュシャがすきなわけではないですが、
今回プラハよりシリーズ全作が来日した(奇跡的ですね)「スラブ叙事詩」の連作は、
ただうつくしい、ただ大きい、というだけではない
精神の深淵を哀しいくらいに伝えてきました。

これが、ミュシャが画家として本当に描きたかったもの、というのがうなづけます。
それも、それまでの彼のグラフィック的な仕事の業績を否定するものではなく、
すべて繋がって行きつく先にこの「スラブ叙事詩」があったのだと観ていて感じました。

近隣の国々に攻め込まれ蹂躙された戦争の場面の多いシリーズですが、
どの絵も、何か穏やかさのようなものがあり、
蹂躙された側のスラブ民族に光が当たって白く浮き立っています。

この連作の最後の1枚は民族自決の場面。

恐怖をあおるようなこともなく、
権威とか栄光にとらわれることもなく、
けれどノスタルジックと言う言葉ではこのスラブ叙事詩を表すには弱すぎる気もします。

この地上に生まれた命、人の叡智、神の調和、そういったものが
ただしんしんと降り積もる白い雪のように積み重なって
そこにスラブ民族として生まれたミュシャの心からの光が当たって
このスラブ叙事詩が生まれたように感じました。


2017.05.19 Friday

花をまとう


今年に入っていろいろな展示に出展させていただいていたので
なかなか気になる展示にも出かけられずじまいでした。

ちょうど制作も展示も一区切りのタイミングで、
10年来お付き合いいただいております
作家あっかさんの個展に伺ってまいりました。

あっかさんはもともと京都の友禅工房で絵付けの職人をされていましたが、
その後独立して横浜に工房を構えて、
現在はギャラリー展示とネット販売を中心に活動されています。

あっかさんオリジナルデザインの麻のお洋服は、
特別なご縁でタイの職人さんに縫製していただいてるとの事。
使用している麻布も、あっかさんが直接タイに足を運んで
着心地の良いもの、色合いの美しいものをセレクトしています。

これからの季節、
あっかさんのお洋服の面目躍如ではないでしょうか。





日本古来の柄、あっかさんオリジナルの柄、
絵柄の一つ一つに意味とテーマがあって興味深いです。



背面の肩にとまるように胡蝶柄が。。



こちらはあっかさんオリジナルの海のイメージの絵付け。



海の絵付けいいなあ。。素敵です。
他にも色違いでさわやかな萌黄色もありました。



こちらは肩からしだれる菊の花。


あっかさんのしだれ菊(乱菊)のロングベストが重宝していて、
Tシャツにぱっとはおるだけで雰囲気変わります。
去年スペインでの個展のオープニングセレモニーに着ていたら
むこうの方々にも大変好評でした*

あっかさんの絵付けって和柄がベースなのだけど、
和過ぎないというか、ほどよいオリジナリティがあって着やすいんです。
絵柄と布とデザインとの黄金比。


タッセル付のがまぐちも、和のみにとどまらない
どこかオリエンタルムードを漂わせていて素敵でした。
布の質感も素晴らしいです。

個展会場は、横浜のみなとみらい駅の改札でてすぐ、
とても広いギャラリーで、見ごたえたっぷりでした。
いままでのあっかさんの展示の中で最も出品点数が多いのではないでしょうか。
必見だと思います。

ほんとうに良いものを作り続けているあっかさんのお洋服やバッグ。
わたしもいつも大切に長く使わせていただいているものなので
「これ、ほんとうにいいよ〜」と言ってみたくてご紹介させてもらいました*

展示会の詳細は下記あっかさんのサイトへ・・・
『2017.5/15〜21 花をまとう inみなとみらい』
http://akkaakka.com/event/201751521in.html




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