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2020.07.15 Wednesday

エネルギーの世界


昨日の明け方3〜4時頃、
宇宙から沢山のエネルギーが降りてきました。
 
目を閉じるとはっきりと視えるものが在り
目は閉じているのですが目を閉じて視る世界が現実として在るのが

手にとるようにわかるという感覚です。
 
**
 
こういう感覚は、
今年になって初めて一度経験しています。
 
やはり明け方の3〜4時頃で、
寝ぼけ眼でしたが目を閉じると
イズミック・タイルの床がはっきりと視えました。
スペインでもよく見かけるトルコ発祥のアラブ式装飾タイルです。
一度目を開けると、いつもの自分の部屋です。
もう一度目を閉じると、また、目を開けているときと同じ現実感で
タイルの床が絵柄の細部まではっきりと視えます。
そのタイルをみながら、
私自身『アラブ人だったんだ!』と驚いている自分が居りました。。
 
これはどういうこと??という大変不思議な経験でした。
今でも夢ではなかったような気がしています。
 

 
それから数日して、以前から会う約束をしていた
巫女舞のかたと鎌倉で会いました。
彼女の友人と、私と3人でランチをすることになっていました。
 
巫女舞のかたのご友人とは初対面でしたが、
私とも深いご縁があることが分かってとても驚きました。
 
またそのままお話の流れでご友人がいわく、私の祖先は、
ずっと代々土のお仕事をしている血筋であるけれど、
魂の転生を繰り返してきている代々もずっと土の仕事をしている、
と言われました。
私の父方がずっと先祖代々窯元であるというお話は
巫女舞の方にも、もちろん初対面のご友人にもお話ししていません。
 
さらにご友人が曰く
今生の私にもっとも影響している魂は
ペルシャやトルコ時代の私の魂だという事。
タイルを作ってる姿が視えるとおっしゃいました。
 
それをお聞きして驚きつつもどこか納得している自分が居りました。
なぜなら私の作品に欠かせないラスター釉の技法は
ペルシャで発祥し施されていた技法だからです。

 

ラスター釉は温度管理が難しく、
おびただしい数の失敗の陶器が遺跡から出てきています。
その技法はペルシャからイスラム圏を通じて中世スペインに
入ってきました。
わたしはこの技法と、スペインの窯元に文化交流で滞在しているときに出会い、
現在自分の作品に体現させて頂いて居ます。
現在でもあまりに繊細な技法のため量産のものには使われていません。
焼成が安易で失敗が少ないラスター彩の方が広く普及したようです。
それもそれで一つの伝承だと私は思って居ますが、
何故か私の処には何の苦労もなく「ラスター釉」の技法がやってきたので
素直に作品に体現させて頂いて居ます。
(ラスター釉とラスター彩は別物で質感が全く異なります)
「苦労なく」というのは、
大自然の真意が宿っているからこそと私は理解しています。

必要がなくなればまた大自然にお還しするものです。
 
**
 
前置きが長くなりましたが、
一昨日の明け方のことです。
 
ふと目を覚ますと
綺麗な光の細かい粒子が上方から降ってきているのが視えました。

 

その光の粒子は瞳のような同心円になったり、
8の字を横にした、無限大の形に泳ぐ煙のような筋になったり
(龍のエネルギーだとすぐにわかりました)
ふわふわもやもや雲のように刻々と変化していました。

 

 

そんな風に部屋の空間を見つめていた眼を閉じると、
今度は横向きの宇宙人の女の子が視えました。現実として。
目を閉じて視えるものがリアルと感じる、
イズミック・タイルを視たときと全く同じ感覚です。

 

女の子の頭部や大きなアーモンド形の目ははっきり見えるのですが
それ以外のものはなんとなくぼやけて煙のように視えました。
女の子は右横を向いて彼女の右側の空間に居る、
先ほどの龍のエネルギーに話しかけているように視えました。

 

私は一瞬「こわい」と思いました。

 

けれど、そう。
宇宙人を「怖い」と思うということは、
刷り込みと思い込みだという事が分かりましたので、
少し怖いという気持ちを抑えつつ、
「よくみなきゃ」としっかりと目を閉じてよく視ようとしました。

 

すると慣れてきたのかどんどん怖さが薄らいで

逆に私は謝りたくなり、
『怖いなんて言ってごめんなさい。』と謝りました。

 

するとそのアーモンド形の目をした女の子のイメージは消え、
更に強いエネルギーが部屋中に満ち溢れて
私の身体も通して満ちているのがわかりました。

 

そして体感として私の身体の右側が集中的に癒されているのを感じました。
とても丁寧に金と薄緑色の光の粒子のエネルギーで癒されている感覚です。

癒しというより治療と言った感覚の方が近いかもしれません。

 

私が気になっていた体の右半身の緊張して疲れているところが
すべて痛みや固さが、とれてゆきました。
特に鼠蹊部にエネルギーが注がれると、
右側の身長が伸びるような感覚が在りました(変な言い方ですが
3次元的な体感と異なるので表現のしようがありません・・)。

 

最後に気になったので心の中で
『あなたがたはどなたですか?』とお聞きすると
(何故か複数人と思って居ましたが、、実際には人の形は全くなくて
ただのエネルギーと感じていたものに対してお聞きしました)
お返事は『アルクトゥルス』と言ったようでしたが
その答えに自分で確信できなかったので
『シリウス?』
『プレアデス?』と順番に聞き返しても反応がなく、
やはり『アルクトゥルス』という音に落ち着くのが分かりました。
(私はテレパシーに慣れていないので意識領域が邪魔して時間がかかるようです)

 

 

朝になって目覚めて(というかずっと目覚めていたのですが)、

いままで凝り固まって重かった私の身体の右側が
左側と同じようにバランスが取れているのが分かりました。

未来、医療はこういった形に変わってゆくのだという事を

胸のどこかで受け取ったようにも感じました。

 

そして『怖いと言ってごめんなさい』と謝れたこと、
怖いと思わなくなり、心にあたたかなものを感じている自分を嬉しく思うのでした。
 
 

 

これはだいぶん前より時々起きていて気づいていたのですが

私の部屋の天井は普段はただの白天井なのですが

このときも天井が金の網目のようになって光っていました。

 

 

 

2020.07.05 Sunday

お水を繋ぐ

  

今年の夏至のころから飲み水は近くの山の湧き水を汲むことにしました。

理由は特にないのですが、なんとなく。
 
ここの湧き水はずいぶん以前から知っていて、
この湧き水の由縁から私はヤマトタケルの湧き水と呼んでおり、
これまではたまにお参をさせて頂いたときに湧き水を汲ませて頂いておりました。
 
今年の夏至に、ここのお水を汲んでいた時、
古来地元の神事によりここ湧き水を里山のお社へ繋がれていたということを思い出し
そのまま私も里山の神社へと、お水をお繋ぎ致しました。
 
 
汲んできた湧き水を毎日使わせて頂いて居ると、
ちょうど、満月や新月という区切りのころにお水がなくなるので
そのたびにまた、湧き水を汲ませてもらいに伺っています。
今日もちょうど満月をむかえるときに、
日常使わせて頂く飲み水がなくなったのでお水を汲みにゆきました。
 
湧き水のお宮のお掃除をさせて頂いて
そして10リットルのタンクにお水を汲ませていただき、
いつものようにバイクの収納ケースにそのタンクを入れました。
 
帰り道、この間の新月の時にお水をお繋ぎした神社の御神体のお山
(綺麗なピラミッド形をしています)が目の前に顕れました。
お山を見たときに一瞬またお水を繋こうかと迷ったのですが
もう夕方も遅い時間になってきており、今日はそのまま家に戻りました。
 
家に着いた途端に大粒の雨が降り出しましたので、
ずぶ濡れにならなかったことを感謝しながら
バイクの収納ケースから湧き水の入ったタンクを取り出そうとすると、
なんとタンクの蓋がきちんとしまっていなかったようで、
道中ちょろちょろと小川のようにタンクの中の湧き水を道に垂れ流してきていました。
今回も里山の神社の前まで湧き水をお繋ぎしていたのだという事が分かりました。
 
ミツバチや小鳥たちがそれとなく花を受粉させて実を実らせているように
そもそもが頭で考えずともこの地上の循環に必要なことは
日常の行動に伴って顕れてくるのだということをあらためて思うのでした。
  
 
 
 
 
2020.06.23 Tuesday

五香六実

 

今日急に思い立って

すでにお昼を回っていたので一旦はまよったのだけれど
自分の直感を信じて
遥々、私が生まれた土地の産土さまへとお参りに行きました。

  

 

15年前、古神道の勉強を始めた当初に、
『生まれた場所の産土さんが人生を通してもっとも強く関わる』と

知り合った修道士さんが言われていて、
当時私も自分の産土神社を知りたいと思ったのでした。
(知らなくとも産土さんとの関わりには何の変わりもないのですが、

知りたいと言う興味がありました。)
 
その頃はネットの地図も、
私が生まれた場所のようなマイナー地域の情報は
そうそう宛にはならない時代でしたので、
直接神社庁にお訊きして、
私が生まれた土地、五香六実の産土さんを教えて頂いて参拝しました。
 
それがいまから15年ほど前のこと。今回はそれ以来の参拝となりました。

 

 

 

今年の春分の日の翌日に突然思い立って
三島の瀬織津姫の生誕地といわれる山奥の小さなお社を訪れました。


その時以来ずっと、
『幸福な幼年時代』というキーワードが浮かび続けています。
 
今回の私の産土さま参拝は、私にとってその総集となるものに感じました。
 

 

 

 

神社に到着してまず驚いたのが、
お社がみちがえるほど綺麗にになっていたこと。
境内の土も綺麗に掃き清められて、すこーんと天に抜けるようでした。

 
この土地感覚は、40年以上住んで居た東京の産土さん、
亀戸天神ととてもよく似ています。

 

 

15年前にお参りしました時の古びたお社も好きでしたが、これはまさに遷宮。

本殿にお参りをさせていただくと、揚羽蝶のシンボルが視えました。

 

 

 

 

以前は気づかなかった (入れなかったのかもしれません)
境内の裏手の小さな鎮守の森には
赤ちゃん苗がたくさん植えられていました。

 
 

 

 

 

 

 

私がこれまで、いまの地元の山の植樹をお手伝いさせていただいてきたことを

ここにきて改めて思い起こし、知らずともなにか繋がりを感じ、
ここの赤ちゃん苗たちに心を暖かくさせられました。

その場で音が生まれ、
小さな木や大きな木のうたを縄文人の声で歌いました。

 

 

 

 

 

 

スペインに住んでいたときに
やたらと龍と繋がり、
帰国後はじめてここが自分の産土神社だと知り、
ご祭神が龍神だと知ったときに鳥肌がたちましたが、
あの時より様々な学びがまたあって、
今回改めてお祭りされている神さまが

タカオカミノカミ

龍蛇
ヤマトタケルノミコト
の三柱であることも知って

(15年前よりもこの神社の詳細が公表されていました)

知らずとも今現在も生まれた場所との深い繋がりを
感じずにはいられませんでした。。

 

 

 

 

ここは出雲大社からの繋がりでの建立だということも今回のお参りで知り、

ここに来て「スサノヲノミコト」となぜか「海」を感じていたことが、

どうりでどうりでと納得させられました。。

以前は宮司のいないお社でしたが、今は立派な社務所も建てられ
清々しくここのお社が守られていることを氣流からも感じとり
とても嬉しく思いました。

 

 

 

 

ここで生まれ、
赤ちゃんの私がここに住んでいたこと。

この土地の氣風や振動が今すんでいる海辺の町に似ていることも
きっと偶然ではないことだと思いました。

  

 

 突然のお参りの時はいつもそうですが、

今日もなにも食べずに家を飛び出してきたので
参拝のあと、近くの地元パン屋さんでパンを買いました。

1966年創業というパン屋さんは天然酵母が当たり前の時代から、
今も変わらずパンを作り続けているようでした。
いくつかのパンと焼菓子を買って(おまけに食パンの耳の袋詰めを頂きました*)

近くの公園でいただきました。

 

 

公園にはとても大きな木があり、
子供たちが集まってきて滑り台やサッカーをして遊んでいました。
水道では足を濡らして(そうか、海がなければ公園で足を洗えばいいんだ)
太陽と木の下でひたすら遊ぶ子供たちの姿に、
ふたたび『幸福な幼年期』というキーワードが浮かびました。

この振動。
この振動を待っている土地。

それがこれからの時代なのだと感じます。

それを知っている私は今回の参拝で
この振動を私らしく伝えて行くことを

預かりましたように心の奥に受け止めました。

帰りの電車のなかで
胸の真ん中からからだ全体に
りーんりーんと振動が響き渡ります。

 


 
今年に入って毎日が濃過ぎておぼえがきに書ききれていないのですが、
今日も出来事の表面をなぞって
今日の産土神社の参拝のことをお伝えさせていただきました。

 

分かりにくい描写も(今日のおぼえがきに限らず)あるかもしれませんが

言語化すると本質と別物になるところがあり
それは本意ではありませんので表面的にならざるをえないところもあります。

 

 
その瞬間、その場に居られるようにいつも産土さんが手伝ってくれます。

 

ひとつのメッセージが心に浮かぶので、
これはお読みくださっている方にお伝えする事なのかなと思い、

最後に書かせてもらいますね。

「もしご自身の生まれた場所の産土神社を知らない方がいらしたら、

わかる限りで構いませんので
一度お調べすることをおすすめいたします。
産土神社がわかりましたら、ぜひご参拝ください。
これから未来へ活きるに必要なキーワード
『幸福な幼年期』に繋がることになります。」

とのこと。

 

幸せな幼年期の振動を持つ土地。

今年に入ってこのキーワードに繋がる土地土地に
お参りさせて頂いてきたこと。その振動を知っていること。
サンティアゴの巡礼中に「自分は大地の子だ」と気づいた
魂の根源に届く喜びに総てが繋がってゆきます。
そうした私に頼まれているおつとめを
今回自らの産土神社にお参りさせて頂いた事で
はっきりと受け取った思いです。
 
  
家に帰れば部屋の窓から
夏至より生まれたばかりの赤ちゃんのお月さま。
 
 
 
  
2020.06.22 Monday

夏至

 

 

新月で本来見えないはずの月が
太陽に包まれその姿を顕す日でした。

不可視が可視になる瞬間。

 

目に見えないものは、存在する。

 

 

 
山口愛さんの夏至の音瞑想に参加しました。

前回6月6日は満月でした。
そこからひとすじの流れに乘って21日の森の中。

 

 

森の入口のしし岩さまにご挨拶。

 


愛さんが『素敵なところを見つけたの』とおっしゃって
連れて行ってくれたその場所は
イザナミの根の国。

 

一目見てここは胎内だと感じました。

 

 

ウシガエルの鳴く声。
イザナミが心に浮かぶ。

 

古事記に顕される根の国と同じように、
様々な虫があらわれる。
現実に強く引っ張られながら始まった音瞑想は
その同じ強さの力で非現実へと引っ張られてゆくのを感じました。
弓を強くひけば矢はより遠くへと放たれる。

 

  

 

龍神の雨に歓迎されながら
森の胎内の中で
前回の音瞑想が陽だとすれは
今回は陰の場所。

 

自然のバランス。
それにすべてを手渡して自分がなくなる。

 

目の前の木と木の間に金環食が可視化され
上丹田を抑えていた何らかの枠が外されて
完全開放。

 
強く強く声が出る。
内側からの男性性の音。

大地の大地の大地の深いところへと響く声。

ドクダミの香りがほのかに漂ってくる。

二羽のカラスが絡み合って鳴きながら上空の木に止まる。

 
カラスは太陽の神使。

 

音瞑想の呼吸は、
これは生まれた瞬間のあかちゃんの呼吸と同じだ、と気づく。
覚えていないけれども
「憶えて」いる。

 

 

目ではない。
もっとはっきりと視える。

 

はっきりと目醒めたまま
音瞑想が終わりました。

 

大地を強く強く感じ
大地に強く繋がれば繋がる程に
より遠く天へ天へと放たれる。

天を含めての大地が一瞬、姿を顕しました。

大地の深く深くそこは宇宙だと
木々が教えてくれたことを思い出しました。

 
音成り。

内の陰陽の和合。

恵みの雨。

感謝の雨。

安心の場と成った根の国に還る。

 
6月21日。

この日は愛さんのお誕生日でした。

 

愛さんありがとう。

 

 

 


 

 
*

*

 

音瞑想で天地と繋がったまま

 

一日の終わりに

いつものように海に行きました。 

 

 

 

このような空模様の日にまさかと思いつつ・・

ほんの5分ほど太陽からの贈り物が。。!

 

 

 

その瞬間、そこに居られてよかった。

目に見えないものが目前に存在している。

 

 

  

2020.06.20 Saturday

ヤマトタケルの湧き水

  

「氣は水の上でクルクルと回りだす」

 

  

地元の山奥に

ヤマトタケルが東方征伐に向かう途中に立ち寄ったと言われている

湧き水があります。

 

ここに越してきてから何度かここでお水を頂いているのですが

近代になって水道工事があったために
昔に比べて水量も水質が落ちていると言われており、
しかしそれでも水道水よりはるかに美味しく頂いておりました。
 

先週ひさしぶりにここのお水を頂いたら

ハッキリわかるくらいにあきらかに味が変わっていて
なんともいえない透明感のある美味しいお水に成っていました。
今年に入って日本でも自然界の汚染が劇的に軽減し
空気や水がきれいになり、海や森が本来の力を取り戻した
その恩恵でしょうか。
 
 
今日もこの湧き水の神社の境内と参道をお掃除させて頂き、
タンクと水筒にお水を頂いて
帰りに再度お礼のお参りをさせて頂くと
心に「このお水をつなぐ」というイメージが浮かびました。
 
ここのヤマトタケルのお水は、
葉山にある森山神社の大切なお祭りの時に継がれるものだということを
思い出しました。
(葉山=瑞山=人が棲む山の際。
対して人が足を踏み入れない神域は深山(みやま)と言います)
 
大きな水筒を持ってきた意味が分かりました。
この水筒のお水を森山神社に継ごうと思いました。
 
 
森山神社では図らずも夕市が開かれていて
今年も梅を採らせて頂いた農園さんも出店されていました。
 
まずは境内の本殿へ向かいご挨拶。
お水を継ぐと言ってもどうしたらよいかわかりませんでしたが
お参りしている最中にお水を撒く映像が浮かびました。
指定された場所にゆっくりとお水をまかせて頂きました。
 
次に本殿右手のお社へ。
明神の石碑。
さらにその右手に
新しい石のお宮のお稲荷さんと
そのお隣に小さな古いお稲荷さんのお宮がありました。
それぞれのこの場所にお水をつなぐという映像が浮かびそのとうりにしました。
 
小さなお稲荷さんのすぐそばに陰陽和合の二股のご神木があり
その二つの幹にもお水を継ぎました。
 
さらにその場で縄文人の声の歌のイメージがわき、
歌をご奉納させていただくと、
いつかどこかで聞いたメロディが生まれてきました。
 
体全体が幸福感に包まれびりびりとしたとても繊細な振動が
煙のように可視化されました。
 
そのあと本殿左側のお社へお参り。
少し奥まって浅間神社があり、
その左隣は背筋が伸びるようなきりりとしたお稲荷さん。
それぞれにご挨拶と、心に浮かぶ方法でのお水を継ぎました。
 
きりりとしたお稲荷さんでお参りをしているときに
お社の裏手の蕗が目に浮かび「持って帰るように」と心に言ってくるので
実際に裏手に回り蕗の一葉を頂いて帰りました。
 
 
ちょうどここまでで大きな水筒のお水はほとんどなくなりました。
 
私としては森山神社と森戸神社は対になっていると
常日頃感じていたので、
水筒のわずかな残りの湧き水は、森戸神社の海に継ぐのかな?と思いました。
(これはビジョンではなく、あくまで人智でそう思いました)
 
「私がお参りしたいから。。」と森戸神社へ向かいました。
 
森戸神社には水天宮がありました。
 
本殿より先に水天宮が浮かぶので先ずはお参りさせて頂くと、
陰陽の大きな丸石が小さなお社の左右に祭られていますのですが、
この左右それぞれにお水を継ぐという映像が視えました。
水筒の残りのお水がちょうど左右にお水を継いで底をつきました。
 
任せられたお役目がこれで終わったことを告げられました。
 
 
それから何時もお参りする奥の宮にゆきお参りをすると
自分の体からもう一人の自分の体がはがれて
ちょうど脱皮するような映像が視えました。
 
 
奥の宮から海に降りようとすると、
沢山の人が海に集まっていました。
ここの境内で初めて見るような機材や楽器が沢山持ち込まれていて
どうやらここでライブがこれから行われるようです。
 
「どうりで」と思いました。
海にお水を継ぐのかと思って居ましたが
これではお水は継げませんでしたし、
海に継ぐ、という自分の思い込みに捕らわれていたら、
水天宮の微細な呼びかけが分からなかったかもしれません。
色々おためしが入っています。
 
 
何しろ初めてのことでおぼつかない点は多々ありましたが
なんとか要所要所で教えて頂きながら・映像を分かり易く見せて頂きながら
お役目を果たすことができました。
 
 
帰宅してから美味しい湧き水を
家族にも分けることができ、
夏至の新月を迎えるにあたって
幸せな今日を終えることができました。
きりりとしたお稲荷さんのお社の裏から頂いた一本の蕗は
さっそく夕飯にと
蕗味噌にして白いご飯にのせてお海苔に巻いてとても美味しくいただきました。
 
始めは全く気付いて居ませんでしたが
いまは夏至の新月に間に合って良かったという気持ちになっています。
心に浮かべばすぐに動けることの大切さを今日もまた感じました。
 
ありがとうございました*
 
 
追記*
今日のお参りの要所要所で言葉も受け取っているので
書き記しておきます。
 
「最も祓い清めるべきものとして
嫉妬と驕りがある。
それはお金と名誉への執着と驕りに他ならない。
その対象とされた相手には本来何の関係もなく、
すべて嫉妬や驕りを持つ者の自らの内の問題でしかないし、
それに正面から本人が気づかなければ浄化は訪れない。
その対象とされたものは何ら悩む必要はない。」
 
「神さまとの距離感はひとによってことなる。
それぞれ同じ立ち位置ではない。
神様とのそういう距離感により視点も当然変わる。」
 
「祈りはまず一人ひとりが個々に粒立つこと。
大人数での祈りが力を持つと言うのは、
誰かの指導に合わせるというのではなく、
本質的に一人一人が粒立った状態で祈ること、
それが合和さることによるもの。」
 
 
 
2020.06.13 Saturday

忍道

 

 

武道と枝分かれして現代に脈々と受け継がれてきている忍道。

隠されてきた道である故に、

時代劇やアトラクションパークでのイメージから誤解も多いとの事。

 

 

忍道の正道を受け継ぐ方よりご指導いただく機会に恵まれました。

 
糠床をお分け頂いたり、ひしおを自作するきっかけをくださった、
食というものを自然農から実施されている
発酵のエキスパートであるソロモン直子さんからのお誘い故に
興味を持った忍道。

昨日はほんの体験入門でしたが、

京都で学んだ気功に通じるものが多く、

外から内への意識の移行の切り替えについて
自分なりにピンとくるものがあり
貴重な体験時間と成りました*

感謝です!

 

 

 
 
忍道に於いて
「何かに依存せず先ず一人で立って生きる」ということが大前提であるとの事で
食についても忍者の自然農園というものもされていて。。
大変奥が深く興味津々*
 
昨日の体験にしてもほんとうにどのジャンルに於いても
いまは開かれた時代となっているのですね。。
 
この開かれた混沌の中から
何を取り上げ、これから先を生きてゆくか、ということを問われます。
本質でないものを取り上げて生きていれば淘汰される時代でもあります。
そんな大事な時期を地球上のすべての人が通過しているのがよくわかります。
 
 
 
 
思考、精神性、霊性、体調、すべてのバランスを自らじっくり内観・見直しをして
調え直すことが大きくできるのも、いま時期ならではの大切な機会。
そして自分で最上を選び体現できる。
そのルートに乗っています。
  
本当に凄い時代です。
 
 
 
 
 
昨日ご指導いただいた忍道の師匠、大和柔兵衛さん。
先代までは重兵衛という名を代々継いで来られたそうですが
ご自身がその名を継がれる時に
「重」の字を取り「柔」に置き換えたとの事。
 
折しも昨日、巫女舞の友人が、
「厳しい修道を経て何かを得るという時代は終わりました」
という旨を記述されていたものを読み、
可視・不可視のバランスを視ながら生きる方はみな
同じことをよみ取っていると感じました。
 
 
 
 
混沌の中より自分にとって最良の道を選び取る。
そしてその選び取ったものをもってこれから先を生きてゆく。
  
世界にとって宇宙にとって当たり前に大事なことですね。
 
 
 
 
今日の写真はすべて、
素敵な道を柔兵衛さんから教えて頂いた、道場からの帰り道にて。
 
  
2020.06.10 Wednesday

音瞑想 〜満月の日に

 

私が地元コーラス隊で歌う歌い方の発声の見直しを経て、

日々海で歌ううちに、

自分意識ではないところからの「音」や「響き」を

自分の身体をツールとして使うことで顕現するという事を知りました。
こういった世界をもっと掘り下げて知りたいと思って居た矢先、
偶然とは言えない感覚で知った
うたうたい山口愛さんの「音瞑想」に初めて参加したのは今年の2月。
私が「縄文人の声」と認識するところへとつながる素敵な体験がここにありました。
 
世の状況の変化があり以降しばらく音瞑想はお休みになってしまったのですが
こういう状況ならではの愛さんの存在力、実現力で、
彼女主催による Gift Shareという素敵な活動が始まりました。
 
愛さんのブラウスと私の氣功のシェアをさせて頂くことになり、
そこからまたころころと転がって、
内々での音瞑想に先日、6月6日の満月の日に
早朝、鎌倉の森の中で参加させて頂くことになりました。
 
 
 
 
朝、大地から立ち上がる氣にのせて声を出す。
愛さんはそれを大切に思って居らっしゃるとのこと。
早朝の森での音瞑想となりました。
 
 
 
 
裸足で森の会場をあるいていたら
紫色の花の一枝がまるてブーケのように落ちていました。。
 
『真ん中に置こう』と愛さんが言い、
ブーケを囲んでの音瞑想が始まりました。
 
 
 
私たちが歌い出してしばらくすると
森の小鳥たちが一緒に歌い出し・・まるでディズニーの世界!
『小鳥は嬉しいことにしか反応しない』と愛さんいわく。
人が天地と結び真我となる瞬間、喜びしかないのだという体感。
幸せでした。
 
瞳を閉じると、
目の前に透過光のスペクトラムが
虹のようにくるくると色々な色を顕し
そのなかの一色が私の目の前で止まりました。
それはアメジストのような紫色でした。
これは今の私の色だと示していました。
 
そしてそっと目を開けると目の前に
最初に拾った一枝のブーケの紫色!
ハッとしました。
 
音瞑想を終えて『これはMAJOさんのものだから』と愛さんが言い、
この一枝のブーケをいただいて帰りました。。
 
 
 
瞑想のあと解散となったのですが
そのままもう一人の参加者たまちゃんのウクレレ演奏と愛さんの歌!
 
人はこうやって生きて行けばいい。
 
 
 
写真には納めませんでしたがここからまた話がとんとんと転がって
私の地元の大地を音で開く、ということを
図らずも愛さんが瞬時の判断で取り計らってくれ、
人の声が持つ力を可能性を目の当たりにしました。
このお話はまた機会がありましたら。。
  
  
  
音瞑想と土開きの後、
愛さんとたまちゃんとお別れしてから
ひとりで地元の海へ行きました。
 
浜で3つの星が波に揺られておりました。
 
 
 
 
音瞑想のあとの心身のゆるみが半端なく
数日間はもう眠くて眠くて・・・
まるで音による生まれ変わりが起こっているようです。
 
 
愛さんと初めてお会いした時はその風貌と氣風から彼女は弁天様だと思いました。
今回の音開きを体感して、乙(音)姫様だと思いました。
(愛さんにお聞きしてみたら
実際人から弁天様とも乙姫様とも、
いわれることがあると笑っておられました*)
生まれ持ったもの、心の奥から望むことを磨き上げる。
そうすることで本質が動きだし、
それがこの世に生まれて生きる事の根源的な意味なのだと
愛さんの眩しい生命力から
言葉ではないもので受け取りました。
 
素晴らしい6月6日でした。
これまで閉ざされた土地も開かれ
その本来のお役目を取り戻してゆくことでしょう。 
 
 
 
2020.05.09 Saturday

5月7日の言葉たち

 
5月7日のブログにちょっと書きましたが
この氣のよい日に降りてきた沢山の言葉。
その場で取り急ぎメモを取っていました。

なるべく早くアップしたほうがいい感じがしていたのですが
頑張って今日そのメモをまとめてアップしてみます。
(写真も「これを掲載しろ」と心が言うものをアップしますね)

*
*




一人の人の器(体)に宿っている人格と霊格には通常、格差がある。
「なぜ人を殺してはいけないのか?(自分を殺すことも含む)」
という疑問は
「なぜ自分はこの世界に生まれてきたのか?」
という疑問とイコールだ。

答えは明確。
人格を少しでも高い霊格に近づけるためだ。

みんな本来の出どころ(元)は同じです。




「すべてのレベルを上げる」という事は
すべてが繋がるという事。

食器洗いが現代人にとって
家事の中で嫌な作業ワーストワンだと言うことのショック。

心身の自然に本質に沿う供物(食)を頂き
心身の乱れも荒さもそれ(食)によって
繊細な波調に調えて頂いた、
その供物を包む(乗せる)大地の振動(器)にもまた
宿っている命がそこには在る。



目に見えるものしか信じないという幻想を捨てよ。

使い終わった器を水で清め(洗い)、
その高台を布で拭かれているときの器の心地よさは
そのままそれを拭く人の心地よさ。
いとおしいとおもう。
その丁寧な、いとおしい幸せな時間の価値。

総てのレベルを上げるという事は
一つの幸せがそのほかのすべての幸せに連動して広がってゆくという事。



これまでの寸断した生活では
あれはあれ、これはこれ、
仕事は仕事、食は食、余暇は余暇、と
意識で自ら寸断を行い、
そのことで時間がない、余裕がないと、疲弊していた。
自らそのような状態を生み出していただけなのだ。
自ら生み出した幻想の中で
いかに自分を疲弊させていたことか。

もう辞めよう。



総てが繋がっているという事は
ひとつが落ちればすべてが落ちるという事。
しかしもうそこに視点を当てない・アクセスしないという決心。
意識や経験、情報に惑わされずに、
エネルギーが落ちるものは受け入れないと自らの直感を信じる決心。
 
もう時代は令和となったのだから。
 


本質に向かうもの総てを持ってゆこう。
私は決めた、総てを持ってゆくと。

「今変わらなければ10年後も同じことをしていますよ」
ということをよく考えて。



大きなこの転換期を素直に受けとめて。
過去にとらわれず、なにも抑え込まず、素直に心の声を聞く。

絶対に乗り越えられないと思って居た壁は
最大の危機を迎えたときに乗り越えられる。



 
どちらかというと男性的なエネルギーからの言葉でした。
 
いかがでしたでしょうか。
 
 
 
最後に美味しいお茶をどうぞ。
 
2020.04.17 Friday

かみごと

 
土づくり。
土地のお許しを得て巫女舞の方よりお預かりした聖地の土。
陶土として使えるように調整しています。

 

ノアの箱舟のエピソードには、
地上のすべての心正しい者のつがいと、
それから心正しくないものをひとつがい、乗せた、とあります。

 

が、令和の箱舟は全部取りした。
紗幕の外に居るように見える人達は舟に乗れないのだと思っていました。
それが家族だろうと身内だろうと関係なく。

 

けれど今年になってある日、
どこからともなく強く強く心に響きました。
『全部取りする。』と。

 

 
『いっせいのせ!で、みんな仕事や活動止めたらいいのに。
そしたら地球は良くなると思う。』
わたしはかつて親しい友人にこんな風に言っていました。

 

それが実現する日が来るなんて。
きっとほんの少し前まで誰も思っても見なかったのではないでしょうか。

 

令和は本当にすごい時代です。
すごい時代をみんな選んで生まれてきたのですね。

 

 

 
2020.03.13 Friday

初日でした。

  
こうつぎつぎと天女のような方々が顕れるのは何故なのでしょう。
お越しの皆さまがあまりにも素敵に輝いているので
それもご自身らしくいらしてて。
こんなに稀有な人々を寄せる、ここは何か特別な場所なのでしょうか。
なんだかそんな風に思ってしまいます。
 
(写真はアプレミディさんよりお借りしました)
あまり信じてはいただけないような、
私も普段はあまり語らないような、
けれどとても重要なことを
図らずもお話しさせていただく機会となった初日でした。
会場時間中、常にお越しの方が居られるような感覚でしたが、
それも丁度よい塩梅で入れ替わるような感じで、
お一人お一人が
ゆったりとした時空間の中におられました。
みなさまのお帰りになられるときのキラキラと輝くお顔が忘れられません。
いまも思い出すと胸がワクワクと幸せに満たされます。
私個人のしあわせと、
私のこのおつとめをお任せくださった大自然からの喜びがあるように感じられました。

お越しくださった皆様が大好きでした。
決して計算できないような
不思議なつながりの方ばかりで
細い細い糸で紡がれた繋がりがないとここには来られない方ばかりなのに、
私の作品に顕れていたキーワードをお持ちになっている。
お話を深めるたびに驚くばかり。
(そんな方が一日の内に何人もお越しになるなんて、
みなさま天女ではないのかとみまごうのは無理がないと思いませんか)

そして幸せでした。

カミーノ。
古道。
巡礼。
瀬織津姫。
織姫。
水。
祓い清め。

お話が尽きません。

なんという一日でしょう。

この展示は何かが違います。。
不可視の世界の大切なお話が
こんなにすいすいと通じるなんて。

明日も楽しみにお待ちしております。

心の深いところから
ほんとうにありがとうございます。
 
 
MAJO作品集出版記念展
 『la voz del Camino 〜カミーノの声』

2020年3月13日(金)〜16日(月)
11:00-17:00 *最終日16:00迄

 
会場 après-midi(アプレミディ) 鎌倉市腰越3-9-13-101
HP:http://www.apresmidi-2017.com
メール:apresmidi2017@gmail.com
インスタグラム:apresmidi201710


3月14日(土)14時よりささやかなお茶会を開催致します。
(出入り自由。ご予約は必要ありません。)
 
 
  
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