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2017.12.01 Friday

御歌

 

茂りたるうばらからたち払ひても

ふむべき道はゆくべかりけり


        昭憲皇太后御歌



***


何年もまえのことですが、
明治神宮にてこの御歌を頂きました。

この御歌にふれると、心すがしい思いになります。



2017.11.24 Friday

洗われる

 












今日は展示の打ち合わせだったのだけど。。

印象としては、自然のエネルギーを全身たっぷり浴び
洗われてきたような心地の一日でした。


2017.11.11 Saturday

金龍 富士山 太陽 

 










2017.11.08 Wednesday

調の宮さん






調神社(つきじんじゃ)です。
昔は貢もののことを調と呼んでいた時代があるそうで、
ここは倭姫の時代にお伊勢さまへの調物を納める倉があったとも言われています。

この神社には鳥居がないのですが、
調物を倉へ運ぶ際のさまたげになるとして
倭姫のご指示で取り払われた、と言い伝えられています。





ここの境内にいるとなぜかとっても体がポカポカしてきて、一昨年和歌山に訪れた時に、
粉河のお寺と神社(神仏合習)の境内に連れて行っていただいた時のことを思い出します。
あのときもこんな風にポカポカとニコニコ(^-^)を地面から感じて幸せな気持ちになりました。

そういえば粉河には「童男(どうなん)さん」とよばれる
ヤマトタケルノミコトがおられました。
(ヤマトタケルの幼少名は日本童男ヤマトオグナ)
それに倭姫はヤマトタケルの叔母に当たる方です。。





ここには狛犬のかわりにコマウサギがいて、
現代ではウサギは月にご縁があるものとしての調神社、と呼ばれているようです。
あるいは地元の人は親しみを込めて『調の宮(つきのみや)さん』と呼んでいます。

狛犬の代わりにウサギ、、と書きましたが
手水舎の欄間には狛犬はもちろん
飛龍やヒキュウなど珍しい神使たちが彫られています。
(今回のおぼえがき、画像多めとなっております*)








ご縁があるかたには、きっと心がきゅうとなるくらい
たくさんの子たちが居るんです。





神の使いの子たちが沢山おられて。。




そして境内の地面から
ぽかぽかとした笑顔が立ち上ってくるような感じ。。こころがあたたかい。





旧本殿はたいへんきれいに修復されていました。
こちらは現在では稲荷神社の社殿としてつかわれています。
(旧本殿が稲荷社に・・これはもしかしたらすごいことなのかも。。
 と、ひそかに思っています。)


お稲荷さん。。とはいえやはりウサギが。


社の周囲の欄間などにはゾウや鯉やフクロウ、雉など、
ぐるりと動物たちが彫られていますので
ご縁があり、ご興味ありましたら
ぜひ現地にてご覧になってみてください。


そして気になる石像が一体。
もしかしてツクヨミノミコト・・・?


調神社には
アマテラスオオミカミ
スサノオノミコト
トヨウケヒメノミコト
の三柱がお祀りされています。
でもおそらく長い歴史の中、神様が替えられているのを感じます。。
しかし倭姫、伊勢神宮といえばつながりのある籠神社につなげてみると、
替えられてしまう前の、その痕跡をなんだか少し感じるのです。。

「つき」という音を使ういじょうは、
ここにイザナミノミコト、大地の女神がおわすでしょう。
それでこその『つき』なのですから。





境内や周囲には樹齢数百年の木々がたくさん!
圧倒されて、町なかの神社とは思えません。
ここ、かつては森であり、
そして太古は海だったのです。

ほんとうにきもちのいい神社。
幸せな気持ちになります。


2017.11.05 Sunday

大地に近いと心身満たされる

 
去年の春からお世話になっている、地元の山の植樹・育樹祭に行ってまいりました。
山の奥で土に☆木に☆満たされて、
いつも大地の核心に触れるような思いで参加させていただいています。



もともと植樹や育樹に興味を持つようになったのは、
映画『うみ やま あひだ』をみたのがきっかけでした。

このドキュメンタリー映画で、
古来の鎮守の森(杜)の大地への役割を初めて知りました。
そして映画の中で、
人生のすべてをかけて
国内外で植樹の日々を送っておられる宮脇昭さんの存在を知ったことも大きな衝撃でした。

宮脇さんのことを調べていくうち、
このかたの過去の圧倒的な植樹(=古来からの森を作る)業績に感動するとともに、
私の家の近くの山々の沿岸の森森の木々も、のきなみ宮脇さんの手により
利益重視で人工的な姿にされた森を、
古代の森のもとの姿へと植樹され、育樹され
手をかけて育てられた森なのだという事実を知りました。
そしてまた植樹育樹の手がまだまだ足りないという事も。



2011年の大震災で、
のきなみ利益収入ばかりを見込んで植えられた森の木々は倒れ流されました。
そしてその際にもしっかりと残っていたのは、
古来から神社の周辺に生えていた鎮守の森(杜)でありました。

古来からの鎮守の森に生えていたのは、
タブの木をはじめ、シイやカシの、古来日本の木々の森。
その古来の森が、津波を防ぎ、火災を防いだという事実がはっきりとしました。

そして震災以降、
宮脇昭さんの提唱されていた鎮守の杜をお手本とした植樹が
正しく真に調うものであるということが証明され、
世界各国から氏の植樹の技術を学びたいとオファーがひっきりなしとなりました。

80才を過ぎてなお、宮脇さんは多忙を極めておられましたが、
2年前に倒れられて現在は療養リハビリ中とのこと、
今日の植樹祭で参加者に伝えられました。

宮脇さんのお具合が悪い、と言うお話を
去年の植樹祭参加のときから聞かされていたので
たいへん心配していたのですが、
現在言語や半身の障害を順調に克服されつつあるとのことで
お声のみでしたが、本日の植樹・育樹祭へのメッセージをお聞かせいただくことができて、
いつかまた
植樹・育樹の際に直接色々教えていただける機会があるようでしたら本当にうれしい。。
と思っています。
ほんとうに森の神さまのような方です。



本日の育樹では、
1年半前に、私もお手伝いさせていただいて植えたあかちゃんの苗木たちを
覆いつくすほどに背高く生えていた雑草(この単語はどうかと思うのですが、
まあ便宜上こう書きますが)を鎌で刈ったりひき抜く作業をしました。


(セイタカアワダチソウをはじめ、まだ赤ちゃんの森の木々を覆いつくす草を掃います)


この作業をしていて核心的に大切だなと感じたのは、
雑草を根絶やしにするのではない、ということ。

『去年植樹したタブやシイのあかちゃんの森が大きく育ったら、
その時にはいくらでも生えてきてね。
でもいまは古代の森を育てるという大地のための明確な目的があるので、
そのために、あかちゃんの木々がある程度育つまでは、
雑草たち、もうちょっとまってね。ごめんね。』
という気持ちであるということ。
今日、草木をはらいながら自然にそんな気持ちが湧いていたということ。
これはもう実際に土に植物に触れて生き物としての気持ちであるということ。

ただの雑草抜きではないんです。
べつにまた生えて来たっていいんです。
そうしたらまた人の手で抜けばいいだけのこと。
薬で雑草を根絶やしにする、
というのは論外中の論外の発想であるということ。

抜いた雑草は、すべて赤ちゃんの森の栄養になるので、
二つに折ってタブやカシの赤ちゃん苗たちの根元を覆うように置いてゆきました。


(背の高い雑草を抜いてやっとタブやカシの赤ちゃん苗たちが見える斜面になりました)


去年の春から、私は今日で3回目の植樹と育樹への参加でした。
いつもそうなのですが、
自然体で大地を愛し、大切に育てる気持ちに基づいた植樹・育樹に、
今回も参加できたことに心から幸せを感じました。

陶芸の作業と同じように、
人は大地そのものであり
森そのものになれるのだなあ、と感じられる時間でした(^-^)



*おまけ*

植樹祭の前晩は、
妙な感じで真夜中に目が覚め、
明け方のように明るかったので不思議に思い窓を開けると、
幻のようなたいへんうつくしい月が舞っておりました。。










2017.09.08 Friday

湯立神楽


昨日、パンカフェのおじさんが
地元神社で例大祭があると教えてくれました。

午後2時からの湯立神楽に行ってまいりました。
思えば海の神社の例大祭は初めて。



なんとなく出雲の稲佐の浜を思い出すようなシンとした静けさ。
植物でこしらえた鳥居の奥には江の島が見えます。


8つの神楽を神職さん方が舞い、
前半は祓いと神おろし。
後半は神と人が楽しむための神楽。
こういった構成の神楽も初めて。



祓い清めた湯に笹の葉を湯につけて祭壇に納めたあと
笹を振って人々に湯をかけ、祓います。



御幣で湯をこおろこおろと力強くかき混ぜる。
このときの湯の泡立ちかたで一年の吉凶を占っていた、、と、
占うことは今では失われた。



四方を祓う
四方に弓を放つ



最後に、邪気を払い、
霊的世界から戻ってくるための、面をつけた神楽。
お神楽と言えば、このような装束を想像する人が多いのではないでしょうか。



さいごに飴蒔き。
おそらくもとは餅蒔きだったのでしょう。

天皇陛下御退位のお話しがありますが、
陛下がご高齢ということでご負担を減らすために
側近の方々は儀式の簡略化を陛下にお勧めしていた。
けれど陛下は承諾されず、退位という選択をなされた。
ひとつに、簡略することで失われることの大きさを思われてのことでしょう。

日常の世界でも、簡略化が利益に結び付いたことで簡単便利を負うあまり、
日常の中からも読み取ることができていた本質が
どんどん見えなくなっているように感じます。



湯立の釜の中をのぞかせてもらいました。
この泡は今年のなにを示しているのでしょう。



海の神社の御神楽。
それでも地元の人に守られて
こういった神楽が続けられている、ということに
心の内が満足しているように感じました。

神楽が行われていた方形の神域のヤマにつけられていた紙垂たちは、
最後にその場にいた人々全員に分け与えられました。
わたしは、火の神様の赤と白を組み合わせた紙垂をお分けいただきました。
窯のよこに貼らせていただこう。


最後に海で足を清めました。





2017.07.30 Sunday

くくる

 
思いがけずここ数年の様々なことが今月末でくくられました。

大切な展示のこと。
それとは別のところで一年間携わらせていただいたお仕事のこと。
そして最後にこれもまた別のところから祝うかのように桃がこのタイミングで届きました。

それぞれが別々のこととして起こっていたはずでしたが、
人の目に触れない内々では深くつながっていたのだとわかりました。

7月の内にみごとにくくられた感じがしました。
7月にくくられることが重要なようでした。

陽光の中で輝く満面の笑みのようなくくりを実感し
こころ晴れ晴れと次の場所へ参ります。


みなさまにはこれからの展開、作品、お楽しみいただけますよう。
どうぞよろしくお願いいたします。






2017.05.23 Tuesday

特別な女の子

 
窯を譲り受けました。

もう何時から始まったのかわからないほど
長期に渡って駆け抜けている制作と展示の日々。
数々の森を抜けて、ついに海へと出るその矢先、
ちょうど展示と制作の切れ間のいま、
全くちょうどよいこの時期に素敵なご縁に恵まれて
新しい仲間となる窯がきてくれました。

これまで20年以上、一緒に駆け抜けてきた私の窯も
これからは負担が少なくなってほっとしていることと思います(^-^)


窯をお譲り下さったのは、
日本そしてスペインはもちろん、古今東西の絵付技法を網羅しているような方で
お譲り下さったこの窯も、
これまで数々の世界巡りを窯の内で巡り巡ってきたことでしょう。

その先生が、窯のことを「彼女はね、」と擬人化してお話しされるのもとても良くて
うちにきたコは女の子なんだ〜(^-^)と、
先ほども、うちの工房にぴたりと収まってくれた彼女と向き合っておりました。
気になってね、ついちょいちょい工房へ窯を覗きに行っちゃうんです(笑)

うちにきてくれた特別な女の子。
かわいい。

これから長く、大切に使わせていただきます。





今日の夕散歩では、
春になってからはずいぶん久しぶりにお姿をみせた、このかたも特別な女の子。




2017.05.16 Tuesday

植樹祭

 
去年植樹しました家の近くのお山の植樹祭に今年も参加して参りました。





土地開発で損なわれたお山の自然の森。
森の再生を活動趣旨とされている非営利団体の方々の
日々の努力の上でのその回復活動に、微力ながらのお手伝いです。





宮脇昭さんの提唱される方法:
なるべく様々な異なる種の木々を密接に植えてゆく方法、で
日本古来種のタブやシイ、カシをはじめとし、
サクラ、ムラサキシキブ、ヤツデなどの赤ちゃん苗を植えてゆきます。





木々同士を密接に植えることで自然な淘汰が行われ、強い苗が残ってゆきます。
また、様々な種を植えることで、万一の病気による一斉の山枯れを防ぎます。





今回、苗の根元を保護する為に敷いた稲わらを抑える縄は、
出雲大社さんが使われていた古いしめ縄を
ほどいて縄に依り直して寄付してくださいました。
稲わらやしめ縄は自然に月日を経て土へ還って栄養となります。





宮脇明さんは、映画「うみ、やま、あひだ」で観て初めて知ったのですが、
山の神様のような人で衝撃的でした。
理屈ではなく、宮脇さんの全身から醸し出すものが琴線に触れました。
現在体調を崩されているとのことで、植樹祭には参加されませんでしたが、
宮脇さんが半世紀以上をかけて植え続けた日本の沿岸の森の
そのいくつかは、いまは立派な深い森となり生命をはぐくむ命の森となって
自然の循環をこれからも永遠にめぐることでしょう。
そのほんの一旦とはいえ、生命のお手伝いができたことしあわせです。





去年私たちが植えた苗も今年は少し大きくなっているのを見て、
そして今年植えた苗が来年はまたきっと少し大きくなっているのを想像して、
植樹で土だらけになった私たちも、おのずと気持ちがすこやかに、
そして呼吸が深く成っていくのを感じました。





すべてがいとおしくつながっている。


2017.05.01 Monday

究極のうつわ


きのう陶芸家の友人からふいに送られてきたうつわ。
なんともありがたいご縁により、
お伊勢さんの御饌(みけ)に使われている土器の小皿を頂きました。
私にとってこれは長年あこがれていた究極の器。



お伊勢さんのあさげとゆうげに使われるこの土器は、
神宮の土器調整所で作られています。

お伊勢さんのうつわは、お食事の度に新しいものに替えられます。
一度使ったうつわは土に還します。
土に還すことができるように作られているのです。

私たちが普段食事に用いる陶器は通常、高い温度で焼かれ、
そのような高温で焼かれた陶器はもう二度と土に還ることはできません。
古代の焼き物がいまでも残っているように。

土器調整所のうつわは、
土に還ることを前提に低温焼成しているので、
汁物などを注ぐと器に染みます。
けれどそれは、うつわの役割として一度の実用に十分足ります。
それで満足なのです。

小皿の裏面を拝見すると、
作ったひとの指の跡が沢山沢山ついていました。
調整所では、普段農家などをされている方が必要に応じて
土器を作っているというお話をお聞きしたことがあります。
「陶芸家」だとか「作品」だとかとは完全に切り離された世界です。

この小皿をみていると
何とも言えない生命力と安心感が自分の内に湧いてきます。

私は、スペインから帰国して間もない頃、
この土器調整所のうつわのことを知り大変感激しました。
究極のうつわだと思いました。

器を焼き、もう二度と永遠に土に還れないものにしてしまうからには、
それなりの責任があると思います。
いま自分が日常使用しているうつわは、当たり前ではないのです。
土に真摯に向かうこと、
それは自然の同じ仲間としての礼儀だと感じます。
大いなる自然に許されて、土に還れない器を焼いているのです。
そのことを、陶芸に関わるとき、器を作るとき、忘れてはならないと思います。



うつわとして最高の姿でこの世に顕れた土器調整所の小皿が
いま自分の手の中にあることに言葉では言い表せない幸福を感じます。

うつわが呼吸しています。

生々しく活きています。

この出会いに、ご縁に、深く感謝しています。


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