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2018.02.02 Friday

流れ

 
 

解けたみすまる 掬(むす)ぶオサカナ 気の遣い





「ミンナデワニナッテ」の初日におこしになったあるお客さまがひとめみて
『勾玉』
とおっしゃいました。

まさに「魂は御昴」だと感じた瞬間でした。








*お待ちしております(↓画像クリックすると拡大します)*

1月30、2月1、 3、 4日に在廊しています。




2018.01.15 Monday

みたまのおやしろ

 







この神輿は定めた日に海中に入るため彩色されていない、、とは
たまたま耳に入ってきた地元の方の言。
「7月25日に近い日曜日 石上神社例祭 — 御供流し神事(ごくながししんじ)と呼ばれる。
海神の霊を鎮め、海難の犠牲者の霊を慰めるために御供(神前に供えた赤飯)を献げる。
例祭当日に先立つ7月20日に神幸祭を執り行う。
権五郎神社の前浜(現在の由比ガ浜)の海中に御供を捧持した若者たちが泳ぎ出て、
船に乗せた神輿を拝してから、海中に御供を流す。(wikipediaより)」















最近ちょっと気になるところに気線が繋がりお参りさせていただきました。
私にしては珍しくおみくじなどひかせていただこうという気になったは
個人ではなく俯瞰での指針が出てきそうだったから。
そんな気持ちのなかから出てきた言葉は、

はじめ思い事叶いにくく、
急がず
心静かに時を待てば
後には
神仏の御加護ありて
幸せの路開かれる




「私利私欲にとらわれず、
 みなが今の日常の一歩一歩を大切に丁寧にすることが破魔。」と受け取りました。



2018.01.14 Sunday

どんど焼き

 
今朝、近所の神社をとおったらどんど焼きをしており
お正月飾りのしめ縄などがほどかれて次々にくべられて
歳神さまをお見送りしておりました。





2018.01.01 Monday

セオリツヒメおわすかた

 













佐久那太理(さくなだり) に落ちたぎつ

速川(はやかは) の瀬に坐(ま) す

瀬織津比売(せおりつひめ) と云ふ神

大海原に持ち出でなむ


2018.01.01 Monday

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 
 



 
2017.12.01 Friday

御歌

 

茂りたるうばらからたち払ひても

ふむべき道はゆくべかりけり


        昭憲皇太后御歌



***


何年もまえのことですが、
明治神宮にてこの御歌を頂きました。

この御歌にふれると、心すがしい思いになります。



2017.11.24 Friday

洗われる

 












今日は展示の打ち合わせだったのだけど。。

印象としては、自然のエネルギーを全身たっぷり浴び
洗われてきたような心地の一日でした。


2017.11.11 Saturday

金龍 富士山 太陽 

 










2017.11.08 Wednesday

調の宮さん






調神社(つきじんじゃ)です。
昔は貢もののことを調と呼んでいた時代があるそうで、
ここは倭姫の時代にお伊勢さまへの調物を納める倉があったとも言われています。

この神社には鳥居がないのですが、
調物を倉へ運ぶ際のさまたげになるとして
倭姫のご指示で取り払われた、と言い伝えられています。





ここの境内にいるとなぜかとっても体がポカポカしてきて、一昨年和歌山に訪れた時に、
粉河のお寺と神社(神仏合習)の境内に連れて行っていただいた時のことを思い出します。
あのときもこんな風にポカポカとニコニコ(^-^)を地面から感じて幸せな気持ちになりました。

そういえば粉河には「童男(どうなん)さん」とよばれる
ヤマトタケルノミコトがおられました。
(ヤマトタケルの幼少名は日本童男ヤマトオグナ)
それに倭姫はヤマトタケルの叔母に当たる方です。。





ここには狛犬のかわりにコマウサギがいて、
現代ではウサギは月にご縁があるものとしての調神社、と呼ばれているようです。
あるいは地元の人は親しみを込めて『調の宮(つきのみや)さん』と呼んでいます。

狛犬の代わりにウサギ、、と書きましたが
手水舎の欄間には狛犬はもちろん
飛龍やヒキュウなど珍しい神使たちが彫られています。
(今回のおぼえがき、画像多めとなっております*)








ご縁があるかたには、きっと心がきゅうとなるくらい
たくさんの子たちが居るんです。





神の使いの子たちが沢山おられて。。




そして境内の地面から
ぽかぽかとした笑顔が立ち上ってくるような感じ。。こころがあたたかい。





旧本殿はたいへんきれいに修復されていました。
こちらは現在では稲荷神社の社殿としてつかわれています。
(旧本殿が稲荷社に・・これはもしかしたらすごいことなのかも。。
 と、ひそかに思っています。)


お稲荷さん。。とはいえやはりウサギが。


社の周囲の欄間などにはゾウや鯉やフクロウ、雉など、
ぐるりと動物たちが彫られていますので
ご縁があり、ご興味ありましたら
ぜひ現地にてご覧になってみてください。


そして気になる石像が一体。
もしかしてツクヨミノミコト・・・?


調神社には
アマテラスオオミカミ
スサノオノミコト
トヨウケヒメノミコト
の三柱がお祀りされています。
でもおそらく長い歴史の中、神様が替えられているのを感じます。。
しかし倭姫、伊勢神宮といえばつながりのある籠神社につなげてみると、
替えられてしまう前の、その痕跡をなんだか少し感じるのです。。

「つき」という音を使ういじょうは、
ここにイザナミノミコト、大地の女神がおわすでしょう。
それでこその『つき』なのですから。





境内や周囲には樹齢数百年の木々がたくさん!
圧倒されて、町なかの神社とは思えません。
ここ、かつては森であり、
そして太古は海だったのです。

ほんとうにきもちのいい神社。
幸せな気持ちになります。


2017.11.05 Sunday

大地に近いと心身満たされる

 
去年の春からお世話になっている、地元の山の植樹・育樹祭に行ってまいりました。
山の奥で土に☆木に☆満たされて、
いつも大地の核心に触れるような思いで参加させていただいています。



もともと植樹や育樹に興味を持つようになったのは、
映画『うみ やま あひだ』をみたのがきっかけでした。

このドキュメンタリー映画で、
古来の鎮守の森(杜)の大地への役割を初めて知りました。
そして映画の中で、
人生のすべてをかけて
国内外で植樹の日々を送っておられる宮脇昭さんの存在を知ったことも大きな衝撃でした。

宮脇さんのことを調べていくうち、
このかたの過去の圧倒的な植樹(=古来からの森を作る)業績に感動するとともに、
私の家の近くの山々の沿岸の森森の木々も、のきなみ宮脇さんの手により
利益重視で人工的な姿にされた森を、
古代の森のもとの姿へと植樹され、育樹され
手をかけて育てられた森なのだという事実を知りました。
そしてまた植樹育樹の手がまだまだ足りないという事も。



2011年の大震災で、
のきなみ利益収入ばかりを見込んで植えられた森の木々は倒れ流されました。
そしてその際にもしっかりと残っていたのは、
古来から神社の周辺に生えていた鎮守の森(杜)でありました。

古来からの鎮守の森に生えていたのは、
タブの木をはじめ、シイやカシの、古来日本の木々の森。
その古来の森が、津波を防ぎ、火災を防いだという事実がはっきりとしました。

そして震災以降、
宮脇昭さんの提唱されていた鎮守の杜をお手本とした植樹が
正しく真に調うものであるということが証明され、
世界各国から氏の植樹の技術を学びたいとオファーがひっきりなしとなりました。

80才を過ぎてなお、宮脇さんは多忙を極めておられましたが、
2年前に倒れられて現在は療養リハビリ中とのこと、
今日の植樹祭で参加者に伝えられました。

宮脇さんのお具合が悪い、と言うお話を
去年の植樹祭参加のときから聞かされていたので
たいへん心配していたのですが、
現在言語や半身の障害を順調に克服されつつあるとのことで
お声のみでしたが、本日の植樹・育樹祭へのメッセージをお聞かせいただくことができて、
いつかまた
植樹・育樹の際に直接色々教えていただける機会があるようでしたら本当にうれしい。。
と思っています。
ほんとうに森の神さまのような方です。



本日の育樹では、
1年半前に、私もお手伝いさせていただいて植えたあかちゃんの苗木たちを
覆いつくすほどに背高く生えていた雑草(この単語はどうかと思うのですが、
まあ便宜上こう書きますが)を鎌で刈ったりひき抜く作業をしました。


(セイタカアワダチソウをはじめ、まだ赤ちゃんの森の木々を覆いつくす草を掃います)


この作業をしていて核心的に大切だなと感じたのは、
雑草を根絶やしにするのではない、ということ。

『去年植樹したタブやシイのあかちゃんの森が大きく育ったら、
その時にはいくらでも生えてきてね。
でもいまは古代の森を育てるという大地のための明確な目的があるので、
そのために、あかちゃんの木々がある程度育つまでは、
雑草たち、もうちょっとまってね。ごめんね。』
という気持ちであるということ。
今日、草木をはらいながら自然にそんな気持ちが湧いていたということ。
これはもう実際に土に植物に触れて生き物としての気持ちであるということ。

ただの雑草抜きではないんです。
べつにまた生えて来たっていいんです。
そうしたらまた人の手で抜けばいいだけのこと。
薬で雑草を根絶やしにする、
というのは論外中の論外の発想であるということ。

抜いた雑草は、すべて赤ちゃんの森の栄養になるので、
二つに折ってタブやカシの赤ちゃん苗たちの根元を覆うように置いてゆきました。


(背の高い雑草を抜いてやっとタブやカシの赤ちゃん苗たちが見える斜面になりました)


去年の春から、私は今日で3回目の植樹と育樹への参加でした。
いつもそうなのですが、
自然体で大地を愛し、大切に育てる気持ちに基づいた植樹・育樹に、
今回も参加できたことに心から幸せを感じました。

陶芸の作業と同じように、
人は大地そのものであり
森そのものになれるのだなあ、と感じられる時間でした(^-^)



*おまけ*

植樹祭の前晩は、
妙な感じで真夜中に目が覚め、
明け方のように明るかったので不思議に思い窓を開けると、
幻のようなたいへんうつくしい月が舞っておりました。。










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