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2017.01.19 Thursday

土なべ 月とオオカミ

  



去年の6月頃から
こつこつと土なべを作りはじめました。
その土なべシリーズも、この「月とオオカミ」をもって終了となります。
いままでつくってきた土なべたちはいま、
1つはスペイン(インコ/個人蔵)に、
1つは神戸(野ウサギ/アトリエシードさんにてお取扱い中)に、
1つは大阪(2羽のインコ/2月5日までひなたさんにてお取扱い中)に、
そして最後の1つは東京(月とオオカミ/2月に出展?)に。
なんだか符号のようで面白い。

土なべ制作のラストを飾るこの「月とオオカミ」は、うまく完成したら、
毎年のライフワークの様になっているkiNNOiさんとの二人展で
初お目見えできると良いなと思いつつ、進めているところです。

2月14日から自由帳ギャラリーで開催のkiNNOiさんとの二人展、
今年のタイトルテーマは『in to the wood』。

タイトルの発想の元は、昔ロンドンの小劇場で観た
ソンドハイムのミュージカル『in to the woods』。
ディズニーで映画化もされたのでご存知の方も居るかもしれません。

人は願い事を持って森へやってくる。
森で何を見つけたか。
森で何を失ったか。






2017.01.18 Wednesday

インコの土なべ完成





蓋に2羽のインコのレリーフ飾り。

この2羽のインコたちには、
スペイン南部コスタ・デル・ソルの海岸で実際に出会いました。

インコの鳴き声が頭上でするのでふっとヤシの木を見上げると
2羽の野生のインコたちが!
ここはすでにアフリカ性気候といっても良いような地域。
初めて野生のインコを見ました。

目にしたインコたちは周りの風景に溶け込んでいて、
あんなにカラフルでもやはり出生地では違和感なく自然なのだなぁ、と。

真っ青なアンダルシアの空の下、インコたちののびやかさにふれた記憶。





この2羽のインコの土なべは、
1月20日よりはじまります大阪のひなたさんでの
ひなた雑貨市にてご覧頂けます。


◆『ひなた雑貨市』
 1月20日(金)ー2月5日(日) ※水,木定休
 12:00〜19:00
 会場/ひなた 地図
 大阪市中央区谷町6丁目6-10  tel.06-6763-3905


MAJOからは、土なべのほかにも、
土のかけらブローチの新作を出させて頂いています。

お近くにお越しの際にはぜひ実物をご覧になって下さい*



2017.01.17 Tuesday

うどんをつくりながら。。

 
私が『エリザベート』という作品に強く興味ひかれるのは
この物語が神話の構造をもっているからかもしれない、と、
今日、朝昼ご飯のうどんを作りながら考えていました。。^^

神話というのはまったくの作り話という訳でもなく、
この世の目に見えない部分、
顕すことのできない真実の動きや構造を示唆した物なので、
人の意識上の教義・教訓などの物差しで測ろうとしても測れない
・・というのが本来の姿です。

『エリザベート』の物語では、
エリザベート皇后だけに見えるリアルな存在として死が顕われます。
死とエリザベートはもともとは同一のものですが、
エリザベートの意識や常識、そしてそれらを増長させる環境が
それを分離させてしまっている。
自然の中でただただ生きていられれば、
生も死も同じものであると誰もが気づくことでしょうけれど。

元来人はすべて半顕半幽のもの。
顕界だけを頼り信じて生きていても、
もとめる真実にはなかなか近づく事が出来ない。

目の前の死が自分そのものである事を受け入れられない限り、
(それも愛をもって受け入れられない限り)
この世の生物としては不完全であり、まことの意味で不幸である。
死は大いなる自然から与えられた大変重要な生き物としての「変化」のひとつだから。

(宝塚版でのみ扱われているトート(死)の台詞、
『死は逃げ場ではない!』というのもかなり象徴的です。
死は愛を持って受け入れるもの、、と。
東宝版にはこの台詞は無く、同じ作品なのに演出と解釈の違いによって
東宝版もウィーン版も宝塚版のような神話の構造を持っていない。
その理由はおそらく、
頭で考えすぎて意識的に物語を作ってしまっている部分が
舞台上でクローズアップされているからの様に感じます。
東宝版ではいくら巫女的能力の高い花總まりさんが主演でも
ラストで閉塞的な物語の構造に縛られてしまっているのが残念に思えます)

神道ではよく忌み事や穢れという言葉を使いますが、
死、出産、血、など人として生き物として絶対に避けては通れない物が
穢れと言われ、忌み事と言われています。
これは私が古神道を勉強する中で
ずっと以前から学びそして感じている事なのですが、
忌むことや穢れというのは、
嫌うことや汚いという意味ではなく、
『大いなる畏れを持って対すべき自然の神意』のこと、
またはその神意に対する人として取るべき態度のことではないかと。
それが本来の意味だったのではないかと。

月のものがある女性は穢れといわれて神社のお参りなど遠慮するもの、
とまことしやかに言われているのを聞きますが、
『そうかなあ。』と私自身は鵜呑みに出来ずなんとなく疑問に思っていました。
実際それからののち、
古い神社の宮司の方からの言づてで、
『べつに境内に入る事もお参りもかまわない。
ただ神棚にあがっているものには触れないように。』と言われて、
『あぁ、やっぱり。』と思ったのでした。

人は現実の生活の中で、目の前の諸々の人の都合に合わせて
根本的なものを人為的に狂わせてしまうことがあります。
それを純化し、元にもどすには、
人が自らの内に生まれながらに持っている研ぎ澄まされた直感と、
その直感を無意識に信じる心、
そして自らの源である自然に対しての開いた心が必要です。

そういったキーワードを示唆する物ごとが、
特に宝塚版の『エリザベート』の物語の中にははからずも沢山出て来るのです。
これはいま現代のこの世に生まれてくるべくして生まれてきた物語かもしれないなぁ、
しかもこれは、目の前で実際に肉体に宿る事によって化身となる
舞台の作品である必要があったと。

・・・・なんて思うのでした。



うどんはおいしく出来ました^^



2017.01.17 Tuesday

浜辺で

 
真冬の富士の気は、より鋭く強い。
波のリズムで運ばれて
いとも容易く
自然からそれた乱れを調えてくれた。

ハッとするような山の稜線の陰影の美しさに目を奪われて
ふと気がつくと
波が親しげに足もとにまとわりついていた。

海の奥のずっと深い処が、心の内に広がって行く。



2017.01.16 Monday

人の領内の天空

 
一日の始めに雨戸を開けると、目の前にいつも山が在る。
それはちいさな可愛いお山で、山頂には古墳時代前期の前方後円墳が在る。

前方後円墳の森の木々の隙間から眺める海の景色を思う。
それは
いつも見ている浜からの海の眺めともちがって、
また、もっとうんと上空からの飛行機から見る海の眺めとも違って、
「人の領内の天空」からの視点とでもいうか。

「人の領内の天空」の視点は面白い。
海が傾斜しているかのように上下の縦に伸びていて、
ちいさな船が斜に構える感じになりながら
海面に白い筋をつけて昇ったり降りたりしている。

ここに来るまで「人の領内の天空」からの視点なんて、
考えてみた事もなかった。
鳥よりも低く、人の日常よりも高い視点。ハレの視点。

今日も雨戸を開けると、目の前の程よい距離にお山があって
気持ちの良い陽光をぽかぽか浴びながら山と語る、しばしの時。

いま取りかかっている土なべ・月と狼の制作が一段落したら、
あとで浜に行こう。波の反復に身を任せてみたくなっている。


そんな週の始まりです。



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